ビジネス死神


             *


 9月2日。深夜0時。日付が超えて、余命48日。

 恋がしたい。そんな真琴の言葉に、松下はひそかに頭を抱えた。高校生の小娘にしては、なかなか難題をぶつけてくれる。

 しかし、仕事は仕事。いやむしろ、ここが死神の腕の見せどころだ。松下はポケットからスマホを取り出し、ネットを眺める。


「な、なにしてるんですか?」

「いいマッチングアプリを検索してる」

「イマドキ!? 嫌ですよ、そんなの。もっとロマンチックに出会いたいです」

「確率高いんだよ。神調べで優良なところ紹介するから、安心して」

「嫌ですよ! どうせなら、神の力でイケメンといい出会いを演出してくださいよ」

「むちゃ言って」

「ぜ、全然むちゃじゃないんですけど!? むしろ、むちゃくちゃ譲歩してるんですけど!?」


 そんな風に小娘は言うが、実際は結構なむちゃだ。人の運命をいじくることは、とにかくハードルが高い。まず、下っぱの死神などが気軽に行えることではない。


「ところで、松下さんっていくつですか?」

「まあ、外見的には18歳から20歳くらいの設定だけど」

「……30歳じゃなくて?」

「殺すぞ!」

「殺すんですよね!?」

「人聞きが悪い!」


 いや……神聞きが悪いと、松下は心の中で訂正した。まあ、小娘の暴言はともかくとして、死神は、職歴=生まれた年齢だ。人は仕事につくと、現実の厳しさを味わう場合が多い。天界でも、まあ同じように現実は厳しい。必然的に勤務歴も長いので、人間からは歳上には見られがちだが、10歳上はさすがにショックだ。


 と言うか、失礼だ。


「えっと……もうちょっと、外見変わりませんか?」

「……ならないけど。なんで?」

「タイプじゃないです」

「ふ、ふざけんじゃねーぞ」


 死神だと思ってなんでも言っていいと思ってやがる。往々にして、『神頼み』ってやつはデリカシーが蔑ろにされている。ひどいものだと、『楽して金持ちになりたい』とか、『ハーレムが欲しい』とか、『芸能人になってチヤホヤされたい』とか。


 叶えるか、そんなもん。


「あーあ。死神と恋って、ロマンチックだと思ったのに」


 ふざけたことをのたまい、ベッドに寝転がる真琴。


「……こんなに残念じゃない提案はそうそう無いが、一応聞く。俺の顔ってそんなにブサイクか?」


 一応、日本人が好むようなルックスにしてもらっている思うが。まあ、20年前の流行なので、多少なりとも時代の流れはあるのだろうが。


「うーん……まあ、イケメンですけど。純粋にタイプじゃないんです。なんとかなりません?」

「ならん!」

「ちぇ。使えない死神さん」

「……君は今、俺のアイデンティティを否定したんだぞ。なにかそれについて謝罪とかはないのか?」

「なんだ、やっぱり残念なんじゃないですか」

「心外なんだよ、シ・ン・ガ・イ!」


 なんて失礼なヤツだと松下は思う。そもそも、こんなシチュエーションは予測してなかった。てっきり、嘆き悲しんで途方に暮れたりして数日はかかると見込んでいたのに。


 日本人の年間死亡者は約100万人。10代後半から20代までの死亡者は約2千人で、約0.2%程度だ。49日毎に20年間死を見送っても、引き当たる確率はわずかだから、松下自身が担当になった経験もそこまで多くはない。


 思春期で多感な年頃だ。松下だって、それ相応の覚悟をしていて、なかなか声を掛けられなかったところで、見つかった。

 なのにも関わらず、この能天気少女は、死神の外見にまで文句をつけてる、近年稀に見るモンスタークレーマーだ。略して、モンクレ。


「自分の姿も変えられないって。イマドキの人間だって整形できる世の中なんですよ」

「き、君は……俺に整形しろって言ってんのか?」

「そうは言ってませんけど」

「言ってんだよ!」


 失礼にも、ほどがある。


「更新時期ってのがあるんだよ。ほら、成長はしないから。あと、10年は同じ顔で過ごさなくちゃいけない」


 というか、あと10年。どういう顔をして過ごせばいいのか。この顔しかないのに。そこのところを、この少女には考えて欲しい。


「神様なのに、なんでそんなにままならないんですか?」

「神にも色々とある。ほら、日本の神社・仏閣にもいろいろいるし。七福神とか、弥勒菩薩とか千手観音とか。役割が各々決められてるんだよ」


 人間にいろいろといるように、神だっていろいろといる。


「……その神、紹介してくれません?」

「できる訳ないだろう!」

「じゃあ、なにができるんですか!?」

「いいマッチングアプリを紹介すると言ってる!」

「そんなもん嫌です。拒否。断固、拒否」

「くっ……」


 なんて、わがままな少女だと松下は思った。


「だいたい、同じ神なんだから、他の神の紹介はできるでしょう? 七福神とか」

「……忙しいんだよ、七福神は。人気部署だから」


 天界にも配置というものがある。


「他、誰でもいいですよ。死神以外だったら」

「悪いが、一人につき、一神が基本だ」

「そ、そんな悪びれもせず。今、めちゃくちゃショックなこと言ってますよ」

「普通だよ。まあ、人間が神をどうこうしようなんて、バチが当たるぞ」

「……もういいです」


 真琴は電気を消して、ベッドに、潜り込む。


「なにするんだ?」

「見てわかりませんか? 寝るんですよ。おやすみなさい」

「ね、寝るのか? というか、寝れんのか?」


 どういうメンタルの持ち主だ。


 この少女を無事天界に導くには、とにかく骨が折れそうだ。人間には、多かれ少なかれ感情の起伏がある。しかし、目の前の少女はことさらそれが少ない。


「……」


 まあ、これからかと松下は思いなおす。月日が経つにしたがって、徐々に実感していくパターンもある。死とは往々にしてそんなものだ。


 注意深く思い残しを晴らすようにしなければと、黒髪の死神はため息をついた。

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