しにコイ!?
花音小坂(旧ペンネーム はな)
死の宣告から始まる恋物語
「あー……大変言いにくいんですが、君の余命はあと、49日です」
「……誰ですが、あなた?」
9月1日。23時30分。三日月が綺麗な夜だった。一昔前のドラマで聞くような、バカみたいな台詞。それを、相澤真琴は自分の部屋で、しかも、ベッドの上にいる男から聞いた。当然、見知らぬ者がそんな場所にいれば、ただの不審者であるが、そう告げた男(和装姿)は文字通りベッドの上……つまり、宙に浮いていた。
「えっと……死神の松下です。初めまして」
「……」
ぐはぁ、と真琴は思った。
雰囲気もへったくれもない。部屋の机で小説読んでて、あくびをして振り向いたら、黒髪の男がいた。なんか、クリスマスプレゼントが見つかった親のような、ドッキリを失敗した芸能人のような、なんとも残念な表情をしていた。
しかも、死んじゃうなんて。
「ショックか?」
「当たり前でしょ。なに、言ってるんですか」
「それにしちゃ、随分落ち着いてるな」
「そうですか? まあ、病気なのはわかってましたから」
先天性狭心症。日常生活を送るのには支障はないが、激しい運動は心臓に負担だからダメ。激しく喜んだり、悲しんだり、怒ったりも負担になるからダメ。幼い頃から、気分を揺らさずに生活してきたので、滅多な出来事では動じなくなってしまっているのかもしれない。
あと、20歳になるまでの生存確率。詳しくは忘れてしまったが、それも結構低いと事前に知らされていた。なので、いざ『死ぬ』と言われてスタンと腹の中に落ちてきた。
「で? あなたはなにしに来たんですか?」
「切り替え早っ! もうちょっと、泣いたり、怒ったり、嘆いたり、途方に暮れたりはないのか」
「そんなもん、こっちの勝手でしょ? あっ、もしかしてそういう負のオーラを吸い取って喜んじゃうんだ、死神さんは? 趣味、わっるー」
「そ、そんな訳ないだろう失礼な。こっちだって一応、神だから。一応、泣いたらなぐさめるし、怒ったらなだめる」
「……そんなもんですか」
なんとも世知辛い話だ。なぐさめるなんて、親、兄弟、友人、なんなら近所のおばちゃんにだってできることだ。
「なんか、もっと死神特有のスペシャルなことできないんですか? 死ぬまでの間、特殊能力をくれるとか」
「無理。現世に強く影響を及ぼす可能性のある行為を死神は禁じられている」
「……死ぬ期間を猶予してくれるとか。むしろ、死なないようにしてくれるとか」
「無理。49日後に君が死ぬのは決まったことだ。そもそも、それやったら本末転倒だし」
「……」
神ってやつは、なんて無能で薄情なのだろう。いや、死神だからこれでいいのだろうか……とにかく、真琴は金輪際、神社の賽銭に、もう一円足りとも入れないことを誓った。
「で?」
「ん?」
「な・に・し・に来たんですか?」
死の宣告だけして、ノコノコと帰るつもりなのか。はっきり言って、いい迷惑だ。まさか、神様がそんなヤジ馬みたいな真似をする訳があるまい。そんな真琴のシラけた雰囲気をやっと察したのか、松下(仮名?)と名乗る死神は、一つ、大きく咳払いをした。
「それでは、仕切り直して。死神は、対象者が死ぬ時に、心臓から魂を切り離して天界に導くのが仕事です。ただ、『思い残し』があると、肉体から綺麗に魂が離れずに傷つけてしまう恐れがある」
「……だから?」
「余命宣告をした人に『思い残し』なく死んでもらうこと。そのために、君と残り49日ともにしてお手伝いができればと思ってます」
松下はニッコリと答えた。どうにも胡散臭い笑顔だ。
「むちゃ言わないで下さいよ。こんな若さで余命宣告されて。私、まだ17歳ですよ?」
「だよな。だから、若い人は結構難しいんだ。失敗することも、よくある」
「……」
あるんだと、真琴は思った。
「ちなみに、失敗するとどうなるんですか?」
「肉体が朽ち果てた後、魂は現世を彷徨う。思い残しのある場所に留まり続けて地縛霊化する。そしたら最後、悪魔に地の底に連れ込まれる。言うなれば地獄行きだな」
「さ、最悪じゃないですか」
「だからさ。救済措置として、死神って言う仕事があるわけよ。死神も数が限られてるから、誰でもって訳じゃない。厳正で公平なク……審査をもとに君は選ばれたんだ」
「……」
今、絶対にクジって言おうとしたと、真琴は思った。
「でも、思い残しっていっぱいありますよ。なんせ、病気のせいで、やってないことのが、圧倒的に多いんですから」
「なんとか一つに絞れない?」
「絞れませんよ! 私の思い残しをなんだと思ってるんですか!?」
なんて、ビジネスライクな死神だろうか。
「これは経験則なんだけど、あれこれ手を出すと、全部中途半端に終わっちゃって、上手く魂が剥がれないのよ。まあ、傷つけずに頑張るけど」
松下はそう言って、直径2メートルほどのある大鎌を取り出した。自分の顔よりも大きい刃。ギラリと鈍く光る感じが、いかにも手入れされてなさそうである。
「そ、そんなもんで繊細な作業できる訳ないじゃないですか! もっと、小型化しないと」
「無理。規格が決められてるから」
「……」
だったら、なにができるんだよ、テメー、と真琴は思った。
とは言え、所詮は他人……いや、所詮は他神。そこまで親身になって応援してくれるスタイルではなさそうだ。もし、あんな大鎌で失敗されでもしたら想像するだけでも痛々しい。
真琴は目を瞑って真剣に考えてみた。人生においてやり残したこと。目いっぱい走ったりは……できない。将来もないから夢を追うなんてこともできない。そうした時に自分にはなにが残されているのだろう……
「そうだ、恋」
「……えっ?」
「どうせ死ぬなら、私……恋して、死にたい」
真琴はキラキラした瞳で答えた。
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