ダメ少女のおでかけ
9月13日。日曜日。余命、34日。不機嫌そうに起きた真琴は、不機嫌そうに映画のチケットを、不機嫌そうに、ぴらぴらと揺らす。カーテンを開けると、晴天。絶好のお天気日和だ。むしろ、なんで曇天ではないのか。
「あー、映画、見たかったな」
『見に行けばいいんじゃないか?』
「……っ」
相変わらず、あっけらかんと、能天気な死神が言う。
「一人でラブストーリー見に行けって言うんですか!? 嫌ですよ」
『フラれたんだから、しょうがないじゃないか』
「ふ、フラれてません! 携帯番号聞けなかっただけです!」
『それをフラれてないと定義する君の負けず嫌いっぷりが凄まじいよ』
「……っ」
なんだ、コイツ。なんなんだコイツは。
「論点がすり替わってます! 別に牧野君とデートしたいんじゃなくて、ただ、私は映画に行きたいのです! 映画に! エ・イ・ガ!」
『すり替わってないし、すり替えられてないし、強引にすり替えようとしてるのは君の方だけど、まあいい。一人が嫌だったら、友達と行けばいいんじゃないか? 親友の千早ちゃんと』
「……っ」
至極正論を言ってくるのが、すごく鬱陶しい。こっちは、全力で誤魔化そうとしているのに。ただ、鬱憤を晴らそうとしているのに、なんだろう。すごく、ストレスが溜まっていく。
「もちろん、そうしましたよ。でも、今日は予定空いてないって。そもそも、千早はラブストーリー好きじゃない」
『……じゃあ、他の人にあげたら?』
「もったいないじゃないですか!」
『どうしろって言うんだ!』
「神頼みしてんですから、なんとかしてくださいよ!」
「こ、こんなに乱暴な神頼みを、俺は見たことがない。できるわけないだろう! 何回も言ってるが、現世に強く影響の及ぼす可能性がある行為は禁止されている」
「ああそうですよね! 神は神でも死神ですもんね!」
『し、死神なめんじゃねーぞ』
とストレスをぶつけたところで、真琴はいそいそと準備を始める。
『……なにをしている?』
「なにって、しょうがないから映画に行くんですよ」
『一人でか?』
「しょうがないじゃないですか。誰もいないんだから」
『……っ』
さっきのやり取りはなんだったのだと、愕然とした表情を浮かべた松下を置き去りにして、真琴は家を出た。
「ついてこないでくださいよ」
『仕方がないだろう。半径5メートル以内にいなきゃいけない決まりなんだよ』
「じゃ、半径5メートル離れててください」
『おい、君ヤバいぞ。さっきから、JKにして女帝並みの尊大さだぞ』
そんなことをストーカー死神に言われたくはない。こっちだって、誰にでもそんな横暴を振るう訳ではない。相手を見て駄々をこねている。松下に性格よく振る舞う必要なんてないのだ。
そんな風にして、いつものように松下に不満をぶつけながら15分ほど歩き、駅前のショッピングモールに到着した。ここは、映画館も併設されていて、地元ではまあまあ賑わっている。
「うっわー。私、初めてなんですよ」
真琴はあっけらかんとウキウキする。暗がりに煌びやかなスクリーン。立ち並んでいるポスターは、華やかな俳優たちが躍動する。そんな光景を見ているだけで、いるだけでワクワクしてしまう。映画館というのは、得てしてそんな雰囲気があった。
『映画なんて、身体も使わないから結構来てるって思ってた』
「なんか、もったいなくって。シングルマザーの家庭なりに、気を遣ってた訳ですよ」
週に一回病院に行くと、治療費だってバカにならない。看護師の給料がいかによくったって、ちょこちょこ映画館に来るなんて贅沢するお小遣いは与えられていない。
ちなみに真琴は昔、病院に通院する頻度を勝手に週1から週2に変えて、お小遣いを貯め続けていたことがある。そんな活動は3ヶ月ほどでバレて、母の美咲に強烈なビンタを喰らったことがある。
後にも先にも、殴られたことはアレ一回だった。
「まあ、もう死んじゃう訳ですから。バチはもう当っちゃってるので、ちょっとくらい贅沢したっていいのです」
『……そうだな。じゃあ、ついでに俺の分のポップコーンも供えておいてくれ』
「なんにもしてくれない神様に供えるものなんて、ない」
『とにかく性格が悪すぎるぞ君は!?』
そんな風に松下はツッコむが、真琴にしてみれば当然の理屈だ。働かざる者、食うべからず。ご利益があるから、お賽銭をするのであって、ご利益がないとわかっている神に、お参りに行く者などいない。
「ええっと……ここだ」
真琴はキョロキョロとあたりを見渡して、右往左往しながら、やっと受付に向かった。
「あれ? 真琴」
そんな中。
千早がそこに立っていた。
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