ダメ少女の狂気


 午後4時50分。真琴は、放課後の理科室に入った。中に誰もいないことを確認した後、実験棚のガラス戸を開け、アルコールランプを取り出す。それから、完全なる無の表情で、付属のマッチで火をつけた。


『ちょ、ちょっと待て君……落ち着け話せばわかる』


 今にも火炙りにされようとしている、右手でギューっと掴まれている松下(インコ)はもがきながら、叫びながら、羽をバタつかせる。一方、ポニーテールの少女はただ冷徹に、冷淡に、冷酷に、その様子を見下ろす。


 真琴は、完全に、ブチ切れていた。


『話が違うじゃないですか? どうなってるんですかいったい? 少女漫画でも小説でもドラマでも携帯番号聞くぐらいできるじゃないですか? むしろ、このまま死んでしまう幸薄いヒロインだったら、絶対に成功して死ねるもんでしょうが?』


 そう脅しながら、真琴は徐々に松下(インコ)を、火のついたアルコールランプに近づける。


『幸薄いヒロインは、フラれたからって動物虐待しないんだよ! それは、サイコパスの所業だ。地獄に落ちるぞ! 成仏できないぞ! 天に召されないぞ!』

「……っ」


 そもそもの立ち位置を勘違いするなとの指摘に、じゃあ望み通りサイコパスになってやろうかと、真琴は更に松下をアルコールランプに近づける。


『じゃ・あ! なんとかしてくださいよ! 映画のチケットだって無駄になっちゃうじゃないですか!』

『無駄じゃないぞ。決して、無駄じゃない。これで、自分の立ち位置が理解できたな? なかなか難しいんだよ、恋ってやつは。そうやって、失敗を重ねていくもんだ』

『そんなご高尚が聞きたいんじゃないんですよ! 今からでも、催眠術とかで私のこと好きにさせたくださいよ!』

『そ、そんなことできるわけないだろ! だいたい、無理矢理好きにさせたからって、そんなことで恋が成就したって嬉しいか? 嬉しくないだろう?』

『いや……問答無用でバッサリとフッてやりますよ』


 真琴は、皮肉めいた笑みを浮かべる。


『ゆ、歪んでるよ君は』

『だって悔しいじゃないですか! むしろ、もう嫌いですよ! いや、大嫌いというレベルですよ!』


 牧野はちょっとカッコよくて、爽やかだからと言って調子に乗っている。もう、金輪際、一言も話さずに無視したいところだが、それでは負けたみたいだから、体裁を整えて、空笑いを浮かべて、ごまかして。


 最悪だった。とにかく、最悪だった。


『じゃあ別にいいじゃないか。現実ってな、いつでも世知辛いものだ。むしろ、ここからが始まりだ。もっと、自己分析して身の丈に合った恋をしなさい』

『要するにモテないってことが言いたいんですか!?』

『さっきからずっと遠回しにそう言っとる! そーだよ!』

『き、きいいいいいっ!』

『痛痛痛っ!』


 たまらずインコから抜け出した松下の幽体を、真琴はアルコールランプで躊躇なく炙る。


『や、やめんか!』

「実態がないから熱くないんですよね?」

『と、とにかくインコに罪はない。離してやれ』

「わかってますよ。私が面と向かってお話ししたかったのは、死神さんですから。ずっとインコの中にか・く・れ・て・た!」


 とにかく、松下を炙り出したかった。そして、火炙りにしたかった。真琴が牧野に携帯番号を断られた時、逃げるようにずっとインコの中に留まっていた松下を、やっと炙り出した。


『ま、まあインコの件に関しては、持ち主の元に帰るようにするよ。任せておけ。いや、俺に任せろ』

「当たり前じゃないですか! 今週の土日で私の視界から消しておかないと、焼き鳥にしますからね!」


 さすがに真琴もそこまでする気はないが、とにかく腹の虫が治らない。こうなれば、徹底的にサイコパスを演じてやろうではないか。


『とにかく、脈なしって早めにわかっただけでよかった。いつまでも、可能性のない恋愛に固執してるほどの時間がないんだから、次々と行かないと』

「……なんか、思ってたのと違うんですけど」


 真琴は大きくため息をつく。恋愛ってそんな感じなのか。まるで、ナンパみたいに次、次って声かけて。ダメだったら切り替えて、次の男に声をかけて。


 決して、負け惜しみから言ってる訳ではない。


『恋愛ってやつは、一筋縄ではいかないんだよ。だから、アタフタして、もがいて、右往左往して……そんなに綺麗なものじゃない』

「……あー! もう」


 真琴は、机をバンバンと叩いて、アルコールランプの火を消す。


『気が済んだか?』

「済んでません! 断じて、済んでませんけど、済ますしかないってことですよね。とりあえず、帰って、駅前で歌います」


 考えてみれば、これまで、こんなに腹を立てたことはななかった気がする。こんなに当たり散らしたことも。外に感情を爆発させて、ついでに他人……いや、他神に不満をぶつけたことも。


 真琴は、カラオケに通い詰めるサラリーマンの気持ちがわかるような気がした。



 

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