ダメ少女の勇気
9月12日。余命、35日。朝7時10分。真琴がリビングで朝食を食べている時、母の美咲が食卓に映画のチケットを2枚置いた。タイトルは『地平線の彼方』。ゴリッゴリのラブロマンス映画である。
「なに、これ?」
「見たいって言ってたでしょう? 同僚の医師に貰ったから」
「ふーん。同僚の医師ね」
真琴がニヤニヤしながら、美咲のことを見る。十中八九、母の気になっている人だろう。自分たちだけ楽しむのは悪いから、せめてもの罪滅ぼしと言ったところだろうか。
「私は最近忙しくていけないから、千早ちゃん誘って行ってきたら? もし、気になる男子がいたらその子と行ってもいいし」
「もー、そんなのいないって」
「そうなの? 真琴は私の子なんだから、もう少しモテてもいいんだけどねぇ」
冗談なのか、本気なのかわからないが、とにかく失礼なことを言われた真琴は、悔しげにパンにかじりついた。この元ヤンの母親に、思春期娘のデリカシーを求めても、まったく無駄なのである。
美咲は昔から真琴を甘やかさなかった。心臓が弱いからと言って、特別に過保護にすることも、ベッタリと付き添うこともしなかった。もちろん、赤ちゃんの頃は祖母がいたから、安心して外で稼ぎに行けたのだろう。
しかし、8歳の頃に祖母が亡くなっても、その生活スタイルは変わることがなかった。悪いことをしたら普通に怒られたし、駄々をこねても怒られた。とにかく、普通に怒られた。さすがに身体が悪かったので、外に追い出されることや、殴られるなどの体罰はなかったが、正座で何時間も説教などザラにあった。
いかに長く生きるよりも、今。こうして、生きてる日々を大切にすることの方が大事だ。元ヤンだからだろうか。美咲は、酒に酔っ払うと、たまにこう口走る。
「あっ、時間だ。私、行くから。ちゃんと鍵閉めるのよ」
「盗られるもの、あるの?」
「うるさい。じゃ、行ってきます」
いつものように早々に、母はパタパタと忙しなく仕事に出かけて行った。真琴の方は、しばらく貰ったチケットをピラピラと揺らしていたが、やがて意を決して立ち上がる。
「決めた! 今日、携帯番号を聞く」
『おお、とうとう決心したか。偉いぞ』
「へへっ。このタイミングで映画のチケットって、神様が私の背中を押してくれたんだって思うんですよね。だから、今だって思って」
『そうかもしれないな』
「あー、神様! 本当にありがとうございます」
『……それぐらい素直に、俺にもお礼言えないか?』
「言えません。死神ですもん」
『か、神を差別するんじゃねーよ』
と苦言を呈す松下をスルーして、真琴はいそいそと準備に取りかかる。こうしたキッカケと言うのは、ありがたいものだ。一歩踏み出す勇気をくれる。
真琴は意気揚々と学校に向かい、教室へと入った。いつもより早く来たため、クラスメートは少ない。机に鞄を置いて、早々にインコの世話を始める。
不思議なもので、こうして世話をしているとインコにも情が湧いてきた。実際には牧野と仲良くするために利用しているだけなのだが、もし無事に携帯番号を聞けたのなら、美味しい餌を個人的に買ってきてやろうと真琴は心に決めた。
水と餌を交換していると、牧野が登校してきた。彼は、いつも通りにイケメンで、爽やかで、颯爽とこちらにやってくる。途端に、真琴の心臓がキューっと締めつける。いわゆる、緊張というやつだ。
「おはよ。今日は早いね」
「うん。おはよ」
餌を入れている手が震える。でも、言わなければ。もう、自分には時間がないのだから。何回か右往左往し、鳥籠の入り口の檻を数回無駄に開け閉めした後、意を決して切り出した。
「あの……牧野君?」
「ん?」
「もし、よかったらなんだけど……」
「うん」
「携帯番号教えてもらえないかな?」
「……ごめん」
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