ダメ少女の歌
午後6時35分。夜になって。真琴は、駅前まで来た。荷物持ちの死神も、後ろからついてきている。これで、ここに来るのは4回目で、歌うことにも段々と慣れてきた。
相変わらず、人はまばら。最初は歌うだけで気持ちよかったが、徐々に欲が湧いてきた。どうせなら沢山の人に聞いてもらい、沢山の人に評価してもらいたい。
「さっ、弾こうっと」
「……その前に、ギターと諸々を持ってきた俺に、お礼の一つも言えないのか」
「どうせ、業務の一環ですよね?」
「せ、性格悪いぞ君は。そんなひん曲がった性格をしていたら、ロクな死に方をしないぞ」
「余命あと少しなのに、ロクな死に方もさせて貰えないんですか!?」
「人聞きが悪い!?」
「はいはい。ありがとうございます、ありがとうございます」
と、『ありがとう』のカツアゲを食らった所で、真琴は演奏をし始める。路上で歌うのは気持ちいい。最初は気恥ずかしさがあったが、どうせ聞いてくれているのは松下くらいだ。
「……なに、ビール飲んでるんですか?」
「誤解するなよ」
「誤解もなにも、ビール飲んでるじゃないですか」
しかも、美味そうに。しかも、『一口目はもう最高』って顔をしている。しかも、すでに2口目を飲んでしまっている。
「俺は路上の酔っ払い。シラフで長時間応援なんかしてたら、周囲からの目があるだろう」
「……大義名分にかこつけて、堂々と職務中に酒を飲みたいだけに見えるのは、私の気のせいですか?」
「ぷはー。まったく、本当に、完全に、気のせいだ」
「ぜ、絶対に気のせいじゃない」
むしろ、確信犯的な犯行。
「……死神ってさ。365日24時間休みないだろ? だからさ、ちょっとくらい息抜きが必要なんだよ」
「い、息抜きって言った! 今、息抜きって言いましたよね!?」
「うるせーな、言ってねぇよ」
「い、言ったじゃん」
駄目だ、この酔っ払いは。真琴は、素行不良な死神の更生をあきらめて、ギターを弾いて歌う。松下はなにも言わずに……いや、むしろスマホをイジりながら聴いている。
30分ほど歌い続けた後。真琴は松下の方を見た。
「大分慣れてきたんじゃないか?」
「その前に、ちゃんと聴いてくれてました?」
「キイテタヨー」
「な、なんで片言なんですか!?」
絶対に嘘だ。ゼッタイニ、ウソダ。これだけ嘘くさい嘘も珍しい。と言うか、絶対に嘘を隠そうとしてない。
「もう。せっかく歌ってるんだから、もうちょっとまともに聞いてくださいよ」
「曲と声はいいけど、歌がイマイチ」
「な、なにがわかるんですかあんたに!?」
「まともに聞いて、まともな意見を言ったのに。人の指摘をまともに聞けないと、ロクな人間にならないぞ」
「くっ……」
「君は大声で歌った経験が少ないだろう? だから、声のヴォリュームを上げた時に上ずったり、音を外したりしてるんだよ」
「……なるほど」
至極、真っ当な指摘だ。でも、歌のことを何にも知らない素人に指摘されるのも、なんだか悔しい。しかも、酔っ払いで、人間ですらない。
「まあ、場数を踏めば上手くなるんじゃないか。何事も練習だよ、練習」
「わかりましたよ」
真琴はため息をついて、歌い始める。
聞いて損をしてしまった。最初から黙ってて欲しいと言うべきだったか。でも、いざ黙って聞いてもらっていると、なにかしら言って欲しくなるのだから、不思議なものだ。
瞳に映る松下の姿は、どこからどう見ても人間の青年だ。20代前半の設定と言っていたが、下手をすれば高校生と言ってもわからないほど若々しい。
出会って一週間ほどの付き合い。そのくせ、馴れ馴れしくて、遠慮がなくて、図々しくて……嘘がない。この近しい距離感に、なんだか妙な気持ちになる。
「……どうした? 演奏やめて」
「今、曲を書きたくなってきました」
真琴にとって、作詞は日記に似ている。今のある感情を、頭にあるメロディーに、韻に乗せて書き上げていく。その作業は子どもの頃から身についていて、言わば自分の生きてきた軌跡を残すような作業だ。
真琴は、今の、この気持ちを残したいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます