ダメ少女の雑談
9月10日。余命、37日。学校の休み時間は、いい意味でいつも通りだった。ただ、いつもと違うのは朝と昼のインコの世話。真琴と牧野は、笑顔でちょっと話す程度で、若干緊張はするがそれはそれで楽しい。
『そろそろ次のステップに進むタイミングじゃないか?』
『……』
ただ、そんないい気分をぶち壊す死神の小言が、真琴の耳にだけ響いてくる。自分にしてみれば、モテ男子の牧野と話ができること自体が結構な進歩なのに。そんな、いたいけな乙女心のわからぬ死神に、真琴は殺意を向けた視線でにらむ。
『次のステップって?』
『ほら、その……いわゆる、デートとか』
『な、な、なにを言ってるんですか!?』
顔が真っ赤というか、真っ青になった。デートに誘う!? まだ、話して数回なのに。繋がりがインコしかないのに。そもそも、友達でもないのに。連絡先だって聞いてないのに。モテ男子なのに。
とんでもない話だ。
『早いか?』
『早いですよ! 早い! はーやい! 早い!』
『けど、このままインコの世話ばっかりしてても埒があかないぞ』
『そ、そんなのわかってますけど』
それでも、自分としては一歩前進してるみたいで楽しかったのに。なんで、この人はいつも厳しいことしか言ってくれないのだろう。頑張ったのだから……いや、今も絶賛頑張っているのだから、たまには、褒めてくれたっていいのに。
『それに、さっきからインコの話しかしてない』
『あ、当たり前じゃないですか。私たち飼育委員ですよ? インコの世話係がインコの話してなにが悪いんですか?』
『そういう会話の中に、あっちの趣味とかを聞き出すんだよ。もちろん、さりげなくな』
『そ、そんな高等テク……童貞がSEX語るみたいで聞いてられません』
『殺すぞ!』
『殺すんですよね!?』
『人聞きが悪い!』
と死神とのやり取りを経たところで、部分的には真琴も納得する。確かに、毎日毎日インコの話では間がもたない。最初は、本当に世話の仕方がわからなかったから、いろいろ聞いてしまったが、すでに95%は習得してしまった、インコマイスターだ。
意を決して真琴は牧野に笑いかける。
「あの、牧野君は普段なにをしてるの?」
「普段? えーっと、なにしてるかな。漫画読んだり? ドラマ見たり、あとはまあ友達と話したりとか」
「なるほど……」
「……」
「……」
つ、続かない。真琴はとりあえず、お水を交換しながら間を埋める。こんな時は飼育委員として黙々と仕事をこなすに限る。やることがあるのは、いいことだ。
『バカ、なに沈黙してるんだよ』
『だって、こんな当たり障りのないこと言われて返す言葉ありますか?』
『お前は日常会話にも厳しい先輩お笑い芸人か!? 会話ってな、そんなもんなんだよ。君の読んでる漫画は? 好きなドラマは?』
『少女漫画専門なんで、牧野君はわからないと思います』
『読んでるかもしれないだろ。かく言う俺も読んでいる』
『松下さんはほら。アレじゃないですか』
『アレってなんだ!』
と特殊な死神のアドバイスだけを頭に入れて、密かな期待を込めて、勇気を出して牧野の方を見た。
「私も漫画好きだよ。漫画ってなに読んでるの?」
「えっ、ほら。キングダムとか、輪廻回戦とか、それこそブームになった鬼滅の刃とか」
「……ふーん」
ぜ、全然興味がない。
『輪廻回戦楽しいよねって言え。五条悟ってカッコいいよねって』
『……誰ですか? 私、全然わからないんですけど』
『ふっ。俺がここにいてよかったな。これでも、毎週、ジャンプ、マガジン、サンデー、チャンピオンをすべて読破している』
『よ、予想以上に暇人』
アレか。たまに、コンビニの前で漫然と五分立たせるアレか。真琴の寿命が刻一刻と時を刻んでいる間に、この死神は週一の密かな楽しみを満喫してるわけだな。
人の余命をなんだと思ってるんだ。
とは言え、真琴は漫画オタク死神の指示に従って盛り上がる。松下も牧野も相当な漫画好きだったらしく、場は結構盛り上がるが、肝心な真琴がちんぷんかんぷんなので、全然楽しくなかった。
『あー、楽しかった。なかなか牧野君は話せる男だな』
『よかったですね。もう、付き合っちゃえばいいんじゃないですか?』
『……君も読めばいいじゃん。世界観広がるぞ?』
『あいにく、余命いくばくもないので、今更そんなもん広がる気もないです』
『そ、そんな身も蓋もないこと言うなよ。縁起でもない』
その台詞はこっちが言いたい。むしろ、死神に取り憑かれているなんて縁起どころか不幸そのものだ。
『と、とにかく会話も盛り上がったし、一歩前進だな』
『でも、どうするんですか? 少年漫画の話で盛り上がっても私、困るんですけど』
『一歩……前進だな』
『なにも考えてなかったんですね』
真琴は呆れるようにため息をついた。
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