リーマン死神の過去
*
翌日。朝6時半。余命47日。目が覚めた真琴は、ゆっくりと自分の身体の調子を確かめていく。筋肉痛なのか、身体の節々がちょっとだけ、痛い。しかし、もっと胸が苦しくなるかと思っていたが大丈夫だった。
『調子に乗るなよ。それは、俺が君の身体を把握してるからで、それ以上に無茶したら保証はできないぞ」
「……わかってますよ」
いつものごとく、松下が宙に浮いたまま、
だいたい乙女の心を見透かすのって、サイテー。
「でも、昨日は楽しかったー。また、今日も行きましょうよ」
「駄目。3日に1度くらいにしておけ」
「えーっ」
「寒空の下だから、君の身体がもたなくなるぞ。それに、連日の夜遊びは、お母さんだって心配するだろう」
「ううっ……わかりましたよ」
本当は、全然納得していない。今から、学校を休んでだって歌っていたいところなのに。だが、死神が言うのだから、逆らえばなにをされるかと言う不吉さもある。
「それよりも、牧野君とも仲良くなるミッションがあるのを忘れるなよ」
「うっ……そうだった」
それを考えると、心の中にズシっと重いものがのしかかってくる気がしてくる。なんだろう。恋というのは、楽しいものだと聞いたのに、いざしようと思うと結構大変だ。
「はぁ……なんか、イメージと違うな。恋って、もうちょっとワクワク、ウキウキするもんだと思ってました」
『はいはい』
「ちゃ、ちゃんと聞いてくださいよ」
失礼でしょ、あなた。
『まだ始まってもないのに、なにを言ってるんだ」
「……そもそも、恋ってなんだと思います?」
「お前……その質問を死神に聞くか? 知らんよ」
「人生経験豊富だから、むしろ、いろいろな人を見てきている死神に聞いて然るべきだと思いますけど」
「ふっ……あいにく、人生経験は豊富だが、実体験は全然ないということだけは、君に伝えたい」
「……それは、絶対に死神から人間に伝えてはいけないことのように思いますけど」
主に、神の
「うーん……ちょっと考えさせてくれ」
「どうぞ」
「いや、考えることではないのかもしれないな」
「どっち!?」
数秒で完全に意見を翻すのをやめてもらえないだろうか。
「考えても出てこないことに、今、気づいた。でも、恋と言うのは、女の子の主戦場的なところはあるけど、女の子だけの特権ではない。男だって、恋をする」
「まぁ、そうでしょうね」
「……男だって、恋、するんだよ」
「なんで二回言うんですか?」
どうでもいいが、凄まじく気持ち悪かった。そんな真琴の感想をよそに、松下は目をつぶって、少し懐かしそうな笑みを浮かべる。
「……ある男の子がいたな。ちょうど君と同じ年頃くらいだった。その子はさ、高校三年生ぐらいで、一人の女の子に恋をした。受験勉強なんかそっちのけで友達に、その子について三千文字ぐらいの長文メール送ったりして」
「……ちなみにその男の子、告白はしたんですか」
「いや、それがさ。そもそも彼氏がいてさ。告白する前にフラれたってやつかな」
「……っ」
聞いた途端、真琴がズッコケた。
「そ、それ……めっちゃ悲惨じゃないですか」
「そうか? 恋はいいぞ?」
「……」
今の話に、一ミリもいいエピソードがなかったような気がしたのは、気のせいだろうか。
「……まぁ、恋っていうのはしようと思ってするもんじゃないからな」
「そうなんですか?」
「……多分」
「なんですかそれは」
「結構……人を好きなことってわかんなかったりするんだよ。慣れない感情がなんだかわからなくて戸惑って、辛くて、手につかなくて」
「……」
「そいつはさ。その子の仕草に一喜一憂して、笑顔だったらずっと見てたくて、見れなかったら勝手に気分が沈んで。でさ、その時にはあんまり気づかないんだ」
「……」
「ああ、これが恋だったんだなって気づくのは終わったときなんだな……いつでも。『今恋してます!』って人はいるけど……いつも終わってから気づくんだよな。それまでは必死で、それどころじゃないから」
「……」
「だから、恋はした方がいい。フラれたとしても、恋はした方がいいんだ」
「……」
「……っと。これは、あくまで俺が見てきた人たちの経験だけどな。はい、終わり。恋なんてもんはだいたいそんなもんだ。つまんない話だっただろ?」
この話は、松下が余命宣告をした男の子の話だろうか。死神として、余命を告げて、それからその男の子は全力で好きになって、恋をしたんだ。言うとおり、報われなかったのかもしれないけれど。
「……素敵じゃないですか」
「はぁ? 必死で、情けなくて、切なくって、そんな要素なかっただろう」
「素敵です」
「……まあ、そう言うことにしておこうか。じゃあ、今日も張り切って恋活するか」
「すごく気持ち悪いワードが飛び出しましたけど、はい」
真琴は松下のことをなにも知らない。彼がこれまで、見てきた人も、どのような世界を歩んできたのかも。この不思議な死神は、いつか自分のことを話してくれる日が、果たしてくるだろうか。
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