リーマン死神の秘密
真琴は鏡張りになっている前に座り、改めて自分を見る。後ろには、渡会の顔があり、どうして同じ人間なのに、こうも違うのだろうと不思議に思う。
「ちょっと、失礼……」
渡会は、真琴の髪と輪郭、頬を少しだけ触る。それから、ジーッと鏡を見つめて、しばらく考え込んで、やがて明るめな表情で、松下(雑誌棚の中から漫画がないかを探していた)の方を振り返る。
「この子、すごいよ。任せといて」
「なんとかなるのか?」
「そんなデリカシー皆無な発言を叩けないくらいにはね。さっ、真琴ちゃん。ここに座って」
「は、はい」
案内された場所は、洗面台が取付けられた椅子だった。渡会は真琴をそこに座らせてシャンプーを初める。そして、髪を優しく触れ、慣れた手つきで洗っていく。
「わーっ、髪がサラサラ。肌も白いし、シミもないし。あんまり、陽に当たってないでしょう?」
「身体が弱いんで、外に出ることがなかったんですよ」
「だからか。輪郭も整ってるし、髪切ってメイクしたら絶対に綺麗になる」
「そ、そうですか……」
さすがは、美容師。セールストークはお墨付きと言うことか。そして、たとえお世辞だとしてもこんな美人に褒められるのは悪くない気分だ。
カットが始まった。渡会の細い指も、髪を切る音も、手つき、手際もレモン美容室とは全然違う。以前、『前髪を少し切って』と言ったら、パッツンでトラウマになって以来、真琴は前髪を必要以上に長くしてきた。
ここでは、そんなことを怖がる必要もないのだと安堵した時、急に現実が頭の中に降りてきた。
「あっ、でもちょっと待ってください」
「ん? どうしたの?」
「あの……料金表って」
一応、なにかあった時のためにお守りの中に一万円を常備しているが、美容院の相場がわからない。そもそも、千円カットのレモン美容室したか行ったことがないのだ。
「安心して。私も副業でやってるだけだから、知り合いの紹介はタダにしてるのよ」
「た……
「もちろん」
「……っ」
なんと。まるで、天使のような死神に出会ってしまった。どっかの死神(松下)とはすべてが違う。そして、その瞬間に気づいてしまった。
死神の中でも、更にハズレを引いてしまったということか。
「あの、松下さんとは付き合いが長いんですか?」
「まあ……同じ日本の死神で、同期だしね。本当に腐れ縁みたいなものかな」
「あの人、相当変わってません?」
「フフフ……まあね。でも、最初の頃からすると、随分とマトモになったと思う」
「もっとおかしかったんですか!?」
なんてこったいと、真琴は頭を抱えたくなった。いったい、どれだけエキセントリックな死神だったのだろう。人間にも思春期はあるが、過去の松下もまた、そんな期間があったのだろうか。
「彼はね……松下君は、人一倍感受性と共感性が強い死神だったのよ。それこそ、人が泣いたり苦しんだりしてると、自分も同じように苦しんじゃうような」
「……そうだったんですか。今の様子からでは、とてもじゃないけど、信じられません」
真琴が見る今の松下は、とにかくビジネスライクに徹しようという印象があった。話しかければ、無愛想だし。笑ってるところなんて、それこそ、ほとんど見たことがない。
「ほら、こう言う仕事をしてると、どうしたって人が死んでいくことが避けられない。彼は……松下君は、そうした人たちを見送って行くうちに、心を守る術を身につけたのね」
「……」
松下は以前、言った。『49日毎に人の死を見送る』と。必ず死んでいく、真琴みたいな人たちを、目の前の死神はずっと見送ってきたのだ。
「それでも……松下君は、ずっと手前に線を引いてしまった私たちよりも、随分奥に線を引いている気がするの。見ていて、心配になるくらいに」
「……えっ?」
「っと、なんでもないの。それよりも、ほら。どう?」
「わぁ」
思わず、鏡を見て真琴は目を見張った。そこには、まるで別人のような自分がいた。
「髪は少し明るさを入れて、肌の白さと合うようにした。で、おでこを出して、メイクは淡い感じにして真琴ちゃんの本来のポテンシャルが引き立つ形にしてみたの。どう、松下君」
「……うん。いいんじゃないか?」
死神はジロジロと真琴を見て、一度頷いて、再び漫画へと戻る。
「はぁ、素直に可愛いって言えばいいじゃないの。真琴ちゃん、すごーく可愛くなってるから。アレは完全に照れてるだけだから」
「……そうですかね?」
なんともわかりにくい死神だ。本当はこっちのことに全然興味がなくて、ただ仕事のためにだと割り切ってやっているのではないだろうか。とにかく、その薄味な反応に、真琴は大いに不満だった。
「明日はクラスの全員が釘付けになっちゃうから」
「ど、どうも」
渡会は肩を優しく、ポンポンと叩いて、立たせて、真琴に自信を分け与えてくれた。本当に死神を変えてくれればいいのにと、心から願った。
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