ダメ少女の日常(3)


 放課後、家に帰って。真琴はいつものように駅前に向かった。今日は妙に満月が綺麗な夜だった。駅前での歌も、これで16回目だ。前の演奏で立ち止まってくれていた人たちが、今日はチラホラいる。


 もちろん、気怠そうに荷物を担いでいる松下も健在だ。


「じゃ、やりますか!」

「……ちょっと待て。その前に一言。荷物持ってきてくれてありがとうございますが言えないのか君は」

「今日は……いつも通りがいいんですよ」

「むしろ、いつも、感謝の意を示さんか!」


 とルーティンと言えば、ルーティンめいた言葉を吐く死神の言葉を無視して、真琴は準備運動をする。身体に異常はない。声の調子もOK。つまり、絶好調。


 そんな中、雨宮蓮がやって来た。いつも通りの金髪と爽やかイケメンを携えて。リュックを前に、ギターケースを背中に担ぐ秋葉風スタイルの松下とは異なり、カッコ良く、ミュージシャン風にベースを担いでいる。そんな姿をマジマジと見つめ真琴はしみじみと思う。


「やっぱり、格好も大事よね」

「……おい、どーゆー意味だ」


 そんな訳で。準備も完了して、演奏が始まる。雨宮のベースも、松下のギターも本当に心地がよい。今までは、ボーカロイドが歌ってくれることで満足していたけど。今では、どうしてそれで満足できていたのかが想像できない。


 歌うことが好き。


 自分が作ったメロディが弾けるのが好き。音と音が溶け合って、別の音になる感じが好き。声が遠くまで飛ぶ感じが好き。音が自分の声をとらえて混ざり合うのが好き。別の音が降ってきて、音程を崩すのも、歌い方をアドリブで変えて、松下が困り顔を浮かべるのも、雨宮が苦笑いを浮かべるのも、大好き。


「はぁ……はぁ……」


 矢のような。流星群のような拍手が降り注いだ。夢中で歌っていて、いつの間にか、こんなに集まっていたことに気づかなかった。少し前までは、歌い終わった後は穏やかな静寂が待っているだけだった。


 満面の拍手が、こんなに心地よいものだなんて。


「すごいよ真琴ちゃん。本当に君の歌は……曲は、観客の心をとらえて離さない」

「雨宮君……褒めすぎだって」

「そんなことない! ねぇ、松下さん」


 雨宮が興奮気味に松下の方を振り向く。なにが気に入らないのか、いつもムッツリとした死神は、少しだけ真琴の方を見つめたまま、ほんの少しだけため息をつきながらつぶやいた。


「ああ……大したもんだ」


 ただ一言。松下はそう言った。


「……ありがとうございます」


 その瞬間、真琴はわかってしまった。それは、自分自身が薄々感じていたこと。なんとなく、今日の朝から肌で感じていたこと。


 ああ、時間はもうあまり残されていないのだ。


 夢のような演奏が終わった後。『後の祭り』という言葉は本当にしっかりとくる。こんな風にする後片付けが、なんだかすごく味気ない。


「真琴ちゃん……ちょっといいかな?」

「は、はい」

「この前の返事なんだけど」


 今日は答えなければいけない。自分が悩んだ時間は残り少なかったけれど、こうして精一杯出した答えだ。真琴は深々とお辞儀をして、目一杯の気持ちを込めた。


「……ごめんなさい」

「えっ?」

「私……雨宮君は本当にカッコよくて、すごく嬉しかった。でも……」

「……うん、わかった。でも、また一緒に演奏しよう! 俺が真琴ちゃんの歌や曲が大好きなのは本当なんだ」

「……」

「友達として……うん、友達として」

「……」

「考えてみてよ。俺、全然大丈夫だから」


 そう言って。雨宮は、肩を落として帰って行った。その背中を見送りながら、どうしようもない罪悪感が真琴を襲う。


 真琴は大きくため息をついて、トボトボとひとり歩いていると、そこには松下が待っていた。


「……なんで、OKしなかったんだ?」

「待っててくれたんですか」


 なんとなく、待ってくれてる気はした。と言うか、半径5メートル以内にいないといけないと言うおちゃらけ設定なので、一人で帰る振りをしてガードレールの影に隠れていたのだろう(意外にバレない)。


「話をそらすな。念願叶って、告白してくれたんじゃないのか!? 恋がしたい。君はそう言ったのに、なんで自分でぶち壊すようなことをするんだ?」


 松下は珍しく本気で怒っていた。いつも不機嫌ではあったが、本気で怒っていたことは今までになかったと思う。でも、なぜだか真琴には、それが嫌じゃなかった。


 この人は私のために……私だけを想って怒ってくれているのだから。


「……今日、お母さんと千早と会って思ったんです。ああ、私……この世界からいなくなっちゃうんだなって」

「……」

「そんな状況で、雨宮君と知り合いになれて。仲良くなれて。それで、付き合って……すぐにサヨナラって、悪いじゃないですか」


 あまりにも時間がなかった。これから、なにかを始めるには、あまりにも遅すぎた。彼がいい人だから。初めて相沢真琴の曲と歌を認めてくれた人だからこそ、悲しませたくない。素直に、そう思った。


「……なんでだよ?」

「えっ?」

「なんで、君は自分のことを考えないんだ? もう、時間がないのに。他人のことなんて、後でいいじゃないか。彼らには、まだ時間がいっぱい残されてる。もっとワガママになったっていいのに……なんで」

「……」


 取り乱したようにまくし立てる松下を、真琴はただ黙って見つめていた。ああ、そうだ。あと一人。融通が効かなくて、お人好しで、口が悪くて……自分が大事だと思う人は、この人生には少なかったけれど。あと一人。


 困った自分をほっといてくれない死神がいた。


「松下さん……」

「なんだよ?」

「お願いがあるんです」

「……」

「明日、デートに行きませんか?」


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