ダメ少女の日常(2)
午前7時45分。真琴はいつもよりも早く教室についた。鞄を置いて、なんとなく腕を伸ばして窓の外を見ていると、千早と彼氏の内藤が外から見えた。
「いいなぁ……学校デート」
『君だって、そのチャンスはあったのに』
『牧野のこと言ってます? ごめんですよ、あんなの」
『……プライドは女帝並みだからな、君は』
『はっ』
と女心のわからない死神の妄言を、真琴は鼻で笑い飛ばした。前髪を切って髪色を入れてメイクをした……いわゆるイメチェンを図ったその日から、だいぶ周囲の評価は上がった。クラスの女子の友達も増えて、それはそれで嬉しい変化だった。
しかし、だからと言って、こちら側の評価は変わらない。いや、むしろ牧野のように手のひらを返して態度を変えた男子には不信感しか湧かず、一貫して自分の親友であり続けてくれた千早には、一層の絆を感じた。
千早とは小学校時代からの付き合いだ。身体が弱いというだけで敬遠されてきた真琴にとって、その存在は暗闇の中にあるランプのような安心感を与えてくれた。
『……私よりも、もっと、いい友達はいたはずなんです。彼女は性格もいいし、可愛いし』
『でも、千早ちゃんは君を選んだ。身体が弱くて、女帝並みのプライドで、悪役令嬢のような性格の君を』
『……喧嘩売ってます?』
『純然たる事実だよ』
『……』
な、なんなんだコイツはと思わなくもなかったが、まあその通りだ。千早にとって、自分はいい親友だったのだろうか。それは、すごく疑問だ。
「おはよー、真琴」
「……」
「む、無視するんじゃない。今度はなにが気に障ったの? それとも、いつもの妄想に想いを巡らしていらしたのかしら?」
「わ、私をどこかの国のワガママお姫様と勘違いしてるわけ!?」
そう反論すると、千早はフッと皮肉めいた笑みを浮かべて、ポンと真琴の肩を叩いて「……そんないいもんじゃないよ」と釘を刺してきた。
失礼しちゃうわ、まったく。
「いや、ただ千早とも付き合い長いなーって、思って」
「なに言ってるの? まだまだ先は長いんだから。大学行って、就職して、結婚して、子ども産んで。私は、真琴の子どもと同い年にすることを密かに狙ってるんだから」
「……そんなの、もう何年後の話よ?」
不意にそんな話をされて、失敗したと思った。真琴にとって見える余命は、千早にとってはまだ見ぬ未来だ。なんと言えばいいか、なんて言えば正解なのかがわからなかった。
真琴は思わず下を向く。今日はなんだか、下手打つことが多い。いつもは、そんな感傷に浸ることはないのだが、いちいち自分の心の琴線に触れてしまう。
千早が言ってくれている未来に、自分はいない。それは、もう確定的な事実だ。
「なに? そりゃ、私はそんなに頭がよくないから、違う大学に行くかもしれないけど、私たちの仲はずっとなんだから。誓ったでしょ?
そう言って千早は笑いながら、小指を差し出す。
「……そだね」
真琴は少し笑って、それから目を逸らした。ダメだ……これ以上見詰めてしまったら、きっと泣いてしまう。最高の親友を困らせてしまう。
「えっ、なに? その感じ。あんた、まさかチャットちやほやされたからって、もう私を切り捨てようとしてるの?」
「……そんな訳ないじゃん!」
「いい、真琴? あなたは性格がアレなんだから。今は、イメチェンしてグループもできたけど、最終的に残るのは私ぐらいのもんなんだからね。決して、勘違いをしてはいけない」
「な、なんて言い草」
とツッコミを入れたが、実際にはその通りだ。松下には『恋がしたい』と言ったが、もし千早がいなかったら、きっと『友達が欲しい』とお願いをしたことだろう。それは、彼氏なんかよりも絶対に大切なものだと思うから。
人は因果な生き物だと思う。
大切なものは、もう手元にある。でも、それを大切にして生きることよりも、まだ手に入らないものに、心惹かれて手を伸ばすのだから。千早が最高の親友で、大好きだ。真琴がどんな男子を好きになったとしても、恋をしたとしても、その順位が変わることがないと断言できる。
「……千早」
真琴は思わず小指を差し出した。
「ん? どうしたの」
「
「ええっ!? あんた、また唐突な。今はもう私たち高校生なんだよ? 今更、友情を再確認しようだなんて」
そんな風に照れてる千早は可愛い。この親友もまた、自分なんていなかったって、元気に、友達に囲われて……幸せに生きて行くことだろう。それは、真琴にとって、すごく安心で。
そして、少しだけ寂しい。
「はぁ……真琴って、一度決めたら私の言うこと絶対に聞かないもんなー」
「うん、聞かない」
「……いい加減にしなさいよ、あんた」
と言いつつも、千早はキョロキョロとあたりを見渡す。まだ、クラスメートはまばらである。拒否してゴネられて、結果として生徒が集まった状態でやるよりはマシだと判断したのか、スッと小指を出した。
「早く早く。みんな来ちゃったら恥ずかしすぎるから」
「うん……ねぇ、千早」
「ん?」
「……ありがと、大好き」
「真琴……熱でもあった?」
そう言いながら、千早はおでこに手を当てて心配する。そんな光景を眺めながら、真琴はしっかりと小指を絡ませて、がっちりと、しばらくそれを離さなかった。
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