少女の日常(1)
12月23日。余命マイナス90日。朝の日差しとともに、眠気が一気に吹き飛んでいく。真琴は垂直に飛び上がり、一気に起きる。そしてすぐさま、洗面台へと向かってすでにメイクを始めていた母の美咲の横に立つ。
「おはよ!」
「ちょ……真琴! 私がまだメイクしてるでしょ押さないでよ」
「いつもより気合い入ってるね。デート?」
「……バカ言ってなさい」
「図星ー?」
「ウザっ!」
と雑な返しをされても怯まずにいると、母は観念したのか舌打ちをしながら引き下がって行く。さすがは、元ヤン。いついかなる時もメンチを切ることを忘れない。
「早く、ご飯食べちゃってよー。どうせ、彼氏もいないんだから」
「いっぱいいるし!」
「はいはい、恥ずかしい嘘つかない」
「恥ずかしい!?」
メイクをしながら、不埒者呼ばわりをされて不名誉極まりなかったが、なんとか耐え忍び食卓に座る。それから、朝ごはんのトースターを1枚と作り置きサラダを食べた。
「ごちそうさま。あっ、お母さん。今日なんだけど」
「……」
「聞いてるー?」
「……」
「……いない……だとっ!?」
美咲はすでに出かけていた。独り言言ったみたいになっちゃった。元気になった途端に、割と雑に扱われ始めたのは嬉しいのやら悲しいのやら。バイタリティ溢れる母は、朝に恋人のもとへと訪れていて、イチャイチャ楽しんでいるらしいので羨ましい限りである。
少し時間が余ったので、真琴は作曲を始める。早起きは面倒くさいが、こうした静寂の中で没頭できる時間があるのは好きだ。なによりも、ゆったりと流れる時の流れを感じられることに幸せを感じる。
一時は『命の危険があるから覚悟して下さい』と言われていたらしい。しかし、突如として心臓が回復を始めて、なんとか一命を取り留めたらしい。それどころか、奇跡的通り越して異常なるほどに、真琴の心臓は快方に向かった。今までの病弱が嘘だったかのように。
そして、それと同時に松下が真琴のもとから消えていた。
それは、いとも簡単に、あまりにも呆気なかった。まるで、最初からいなかったかのように。もしかしたら、これが俗に言う『小さなおっさん(主に器が)』だったのかもと本気で思ってたりもした。
松下はもうここにはいない。朝、不機嫌な声で起こされることもないし、ガミガミとお小言を言われることもない。
「……っと、そろそろ時間だ」
7時になったので、真琴も家を出て学校へと向かう。もはや、一人での登校も、日常に変わりつつある……死神がついてこない日常に。基本的には歩きながらメロディを考えるので、それも特に苦ではない。
「おはよ!」
教室に入って、元気に挨拶をする。声の方向には、千早がどんよりとした表情で座っていた。見るからに、憂鬱そうに。見るからに、構って欲しそうに。
「……」
「む、無視しないでよ」
「はぁ……」
「……どうしたの?」
「なんでもない」
「……そう」
「……」
「……」
「……はぁあ」
「う、ウザっ」
元気のない理由はわかっている。付き合っていた内藤君と喧嘩して別れたからだ。意外にも恋多きこの女は、結構な遊び人で高校に入って3人目だ。千早は親友としては性格はいいが、対男女関係となるとなかなか難儀だという評判も聞く。
まあ、いずれにしろ贅沢な願いなのは間違いないのだが。
「真琴はいいわよね。松下さんて言う彼氏がいるから」
「だから、彼氏じゃないって。もういないし」
「えっ! 別れたの?」
「付き合ってないっての。もともと、医学生だったんだから、病気が治ったら用なんてないし」
「真琴。あなた、もっと素直になった方がいいよー。いくら可愛くなったって言っても、あなたには性格というハンデがあるんだから」
「し、失礼すぎる」
「純然たる事実です。そもそも、松下さんは真琴が可愛くなかった時からなんでしょ? あなたの性格に合わせてくれる物好きなんて、もう現れないかもしれないんだから」
「……失礼通り越して、無礼」
真琴は千早のほっぺたをひと通りつねりながら、椅子に座る。もはや、ここにいない松下とどうこうする気もない。そもそも、余命宣告者と死神の関係で、それ以上でも以下でもない。奇跡的に生き残ってしまったので、業務怠慢でクビにでもなっているのかもしれない。
「……また?」
「え?」
「真琴、気づいてないの? あなた、ここ最近よく斜め上見てため息をついてるよ」
「……気のせいだよ」
「そう? でも、少し前は斜め上見ながら楽しそうにしてたと思ってたんだけど」
「……それは、激しく勘違い」
ピシャリと真琴は言い放つ。もちろん意識なんてしていなかったし、そう見られてることにも気づかなかった。今のクラスはかなり楽しい。千早だけじゃなくて友達だってできたし、グループトークだってしてる。
だから、常に斜め上にいた死神のことなんて、思い出す暇もない。
「相沢。ちょっといいかな?」
そんな時、クラスメートの斎藤が声をかけてきた。
「うん。なに?」
「いや、あの。携帯番号教えてくれないかな?」
「……もちろん、いーよー」
「えっ、本当? よしっ」
思わず、ガッツポーズを繰り出す男子に、真琴はモテる女は辛いなとばかりに、微笑ましい表情を浮かべる。
「悪趣味。付き合う気なんてないくせに」
「そんなことないよ。それに、携帯番号くらい誰にだって教えるでしょう?」
「……その性格の悪さに斎藤君が気づくのも遠くない未来なんだろうな」
千早は大きくため息をついた。
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