リーマン死神の決断


 映像が終わって、松下はしばらくその場にいた。やがて、自分宛の箇所だけを削除して、ディスクを取り出して机の上に置いた。


 これで、美咲も千早も動画に気づくはずだろう。最後の最後まで面倒をかけさせてくれる真琴に、なんだかそれが彼女らしすぎて笑ってしまった。


 素直に渡せばそれで済むのに、あえて面倒な真似をするところが、すごく彼女らしい。


 二人宛の動画も見てみたかったが、さすがにそれは憚られた。最初に見るべき人が自分じゃない。


 それから、病院まで移動した。すでに、真琴は病室に移動していて、眠っていた。それは、いつも部屋で眠っているかのような表情で。毎日、松下が見ていた顔と同じで、今にも目を擦って起きてきそうだった。


 血色はもうよくなくて。白い顔が、さらに白くなっている。


「おい、真琴」


 試しに声をかけてみたが、当然反応はない。


「……どこに行ってるんだよ」


 映像の中にいる真琴の方が、今いる真琴よりも、彼女らしかった。笑って泣いて悪態をついて、そんな彼女の方が。魂は間違いなく、ここにある。


 でも、魂がここにあったって。真琴の身体がここにあったって。


 真琴がもう起き上がることはない。それは覆すことができない事実だ。神によって定められた絶対的なものだからだ。死神というちっぽけな存在がひどく惨めに思えた。


 真琴に苦痛はなかった。それでも、少なからず真琴は死に恐怖を抱いたはずだ。死とはふと気づいたときに、寄り添うように近づいてくるものだからだ。だから、少しでもそれを忘れさせてやりたかった。


 なんでそんな感情を抱いたのか。松下には明確な答えは持たない。たまたま、聡と同い年くらいの子だったからなのか。それとも、死神として存在し続けることに疲れてしまったのか。そんな感情があったことは否定しないし、実際にそんな想いもあったのだろう。渡会の言った通り、最初はそうだったのかもしれない。


 それが……その気持ちが変化して行ったのはいつ頃だっただろうか。


 でも、それが純粋に真琴のためだったかと問われると、松下には答えることはできない。


 ただ、見たくなかったのだ。真琴が苦痛に歪む姿を。ただ、見ていたかったのだ。真琴が自由に歌っている姿を。そんな松下の想いを自分勝手に押しつけて、真琴は活動期間を確実に減らした。


 果たしてそれが正しかったのか。いや、間違っているのだろう。


 それは、母の美咲や親友の千早からすれば至極迷惑な話だったのかもしれない。少なくとも、真琴が自身の異変に気づいてすぐに入院でもしていれば、彼女たちは準備ができたはずだ。


 松下は彼女たちとの別れを奪い、真琴に笑顔を与えた。


 それが、どれほど許されざることかを考えなかった訳ではない。医者ですら、余命宣告者の生き方を最愛の人に委ねる。付き合いとしては40日前後の松下が、美咲や千早を差し置いて彼女の生き方を決めるなど、どうしたって受け入れてはくれないだろう。


 それでも、松下は真琴の苦痛を奪った。


 自分の死神としての力を使って、自分の想いを優先した。母の美咲の想いも、親友の千早の想いもわかっていたが、それでも真琴の意思を……松下の意思を優先した


「その罰は……甘んじてあげるべきだよな」


 人は許されることしか謝らない。だから、松下も謝らなかった。すでに、許されざる行いをしてしまった後だ。彼女たちの涙を見て、嘆きを聞いて、それでも自分のやったことを正当化するしか手段がない。


 非常に申し訳ないと言う想いはあるけど。彼女たちの泣いている姿を、真琴自身が一番悲しむだろうから、それはすごく辛いことだけど。


 でも。


 だから。


 許しは請わない。


 もし過去に戻れたとしても、きっと同じことをするはずだから。同じように真琴に出会って、同じように真琴と接して、同じように真琴の苦痛を消して、同じように言い合いをして……


 同じように。


 真琴と、同じ時を刻むはずだから。


 松下は大きな鎌を取り出した。今まで多くの人の魂魄を刈り取ってきた刃を、ジッと見つめた。幾度も鎌を奮っていた、これを使うのは……これで、最後だ。


 だから。


「……さよなら」



 そうつぶやいて。













 死神は大鎌で胸を突き刺した。

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