ダメ少女の勇気
真琴の予想通り、クラスはにわかに騒ついた。ただ、ショボい。ひたすらに、ショボくれたザワつきである。まだ確定ではないが、あのジーッとこっちを見てくるインコは、恐らく松下である。
「さっき、職員室の窓に止まっててな。どっかから逃げてきたのか、一応持ち主は探すが、それまではここで飼うことにしよう。誰か、飼育委員やりたい人? 人数はえーっと、2名ぐらい」
「……っ」
真琴は思わず頭を抱えた。
転校生の松下が先生に連れられて入ってくる→しかも、ボサボサな長髪を切って、キチンとヘアワックスでセットをしている→制服は着崩して、なんとなくお洒落だ→これで、一軍男子のグループに属してもらえば、晴れて牧野君とお近づきに……
こんな結末を期待していた真琴の目の前に現れたのは、インコ。これが本当に死神の仕業なのか。そうだとしたら、あまりにもショボ過ぎる。まだ、信じたくない。
『おい、早く手をあげて立候補しろ』
念話で声が聞こえた。さっきよりも遠い場所から。と言うより、インコから聞こえてくる。真琴は更に頭を抱えた。
『……やっぱり、あのインコ、松下さんなんですか?』
『当たり前だろう? 担任に暗示をかけて、わざわざここに運ばせたんだ』
『ど、ドヤ声でんなこと言われても』
期待していた1%ほどのインパクト。まさに、期待はずれとはこのことである。しかし、いずれにしろ死神の善意に答えなければ、この先、念仏のような説教は待っていそうだ。
真琴は意を決して、手を挙げた。
「は、はい。私、鳥好きなんで世話したいです」
みんなの視線が集まってきて、真琴の心臓がキューっと締めつけられる。今まで、周囲の注目とは無縁の生活をしてきたので、それだけでも結構な負担だ。
「そうか。じゃあ、頼む。えっと、他には誰かいないか?」
「……」
誰も手をあげない。
『なるほど、これで先生に牧野君を指名してもらう算段なんですね?』
『なんだ、それは? そんなことできないぞ』
『じゃ、じゃあどうするつもりなんですか?』
そこまで暗示をかけられて、なんでもうあと一つ指示ができないのか。むしろ、そこが大事なんでしょうが。
『しょうがないだろう。何度も言うが、現世に強く影響を及ぼす可能性のある行為を死神は禁じられている』
『……その境界線が意味わからないんですけど。じゃあ、どうするんですか?』
『神に祈る』
『あなた神でしょ!?』
そんなふざけたやり取りをしていると、おもむろにもうひとりの手が挙がった。
「俺もやりますよ。鳥好きだし」
「……っ」
なんと信じられないことに、手を挙げていたのは牧野だった。まさか、本当に神に祈って、神が助けてくれたのだろうか。真琴は、あんぐりと口を開けて驚愕する。
『ほらな。彼は鳥の飼育してるんだよ。休み時間に話を聞いてたが、家でも3羽飼ってるらしい』
『は、早く言ってくださいよ。あー、心臓止まるかと思った』
「外す可能性も7割ぐらいあったからな。賭けっちゃ、賭けだった」
『博打過ぎる! 外す可能性のが多いのに』
むしろ、残りの3割が出たら、寿命が縮まっていく中、好きでもないインコ(松下)の下の世話を無為にしなければならなくなる。そうなったら、ストレスで焼き鳥にして食べてしまうかもしれなかった。
『恋愛ってのは、そういうもんだ。いちいち、可能性なんて気にしてやらないよりは、やってみた方がいいんだよ』
『結果オーライだからって、偉そうに』
悔しい紛れにそんな風に答えるが、松下の言うとおりかもしれない。こうして勇気を出したことで、なんとなくだが前進した。今までは、リスクばかり恐れて、結局なにもできてなかった気がする。
『でも、偉いぞ。よく、手を挙げたな』
『そりゃ……あげますよ』
さすがに鳥にまでなってもらって、無視するわけにはいかない。それに、なにかをしないといけないと言うことは真琴自身もわかっていた。どんな行動であれ、目の前の死神がキッカケを作ってくれたのは確かだ。
『あの……松下さん』
『ん?』
『ありがとうございます』
『……なんのお礼かが、よくわからないな。これが、俺の仕事だから』
と、ぶっきらぼうに答える松下を見ながら、真琴は密かに笑みを浮かべた。
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