ダメ少女の友人(2)
教室に入ると、一斉に視線が集まってきた。真琴と仲がいいクラスメートは千早しかいない。他は、ほぼ挨拶程度だったので、視線が急に集まると、胸の奥がキューっと締めつけられる。
そんな様子を察してか、千早が一歩前に出て、積極的に会話をぶん回し始める。牧野もすでに来ていたが、多少バツの悪そうな顔をしている。
『あまり気にするな。すぐに慣れる』
『そ、そんなこと言ったって』
『もともと、千早ちゃん以外は友達がいなかったんだろう? 別に、今更好かれたって嫌われたって大して変わらんだろう?』
『か、変わりますよ! めちゃくちゃ変わります!』
まだ、時間は1ヶ月以上あるのだ。好かれるのはともかく、嫌われるのはゴメンだ。目立つことは苦手なので、本当は大人しく過ごしたい。そんな真琴の訴えは届かず、ガヤガヤとこちらを見ながら、好奇な視線が降り注ぐ。
『ううっ……なんか、落ち着かん』
『何事も訓練だと思え。これくらいの視線に参るようじゃ、路上で歌って人が集まっても、緊張して声がでないぞ』
『……確かに』
松下の言葉を聞いていると、なんだか自分は一人じゃないって感じることができた。まあ、霊的な意味で実際一人じゃないのだが。
『イジめてきたら、呪ってくださいね』
『するか! 死神をなんだと思っている』
『人の命を刈り取る癖に、それくらいのこともできないんですか!?』
『人聞きが悪い! 何度も言ってるが、現世に強く影響の及ぼす可能性のある行為を死神は禁じられている』
『ちぇ、使えない死神さん』
『て、てめぇ』
ひとしきり言い合いをしていたら、だいぶ調子が戻ってきた。味方だったら千早がいる。ついでに、松下もいる。それなのに、周囲のなんだかわからないものを、いつまでも怖がる必要なんてない。
そう考えたら、スッキリした。真琴は、気を取り直して授業の準備をしてると、クラスメートの女子が二人こちらに近寄ってきた。確か、能條美亜と篠塚瞳という名前だ。
「相沢さん、おはよ。イメチェンしたの? すっごい可愛い」
「えっ……ありがとう」
「ほーんとに綺麗。めちゃめちゃビックリした。あっ、いや。前がそうじゃないって訳じゃなかったんだけど」
言葉を選びながら、二人とも褒めてくれる。それが、なんだか嬉しくてホッとした。自分が緊張していたように、向こうも少しだけ緊張していて、それでも勇気を出して声をかけてくれたんだ。なんだか、それが真琴には凄く嬉しかった。
「……ううん。すっごい嬉しい。本当のことを言うと、すごくドキドキしてたんだ。声かけてきてくれてありがとう」
「なによなによ? 私も仲間に入れてよね」
側にいた千早が、不満げな声を出す。
「いや、ほら。千早は割とフットワーク軽めじゃん。私たちとも他の子供仲良いし。相沢さんは、なんて言うかレア感があると言うか」
「わ、私がお手軽な女だっての!? 失礼しちゃうわ」
そうやって、千早がおどけてみせることで、美亜も瞳も真琴も一斉に笑う。
「それに真琴も、身体弱いからって、性格おとなしいってタマじゃないわよ。むしろ、凶暴」
「ち、千早!?」
「そうなの? なーんか、聞こえてくる会話では確かに愉快で辛辣だったけど」
「うっ……」
バレていたか。二人の席は距離が近いので、千早と盛り上がってるのが聞こえてきたのだろう。
「異常に人見知りなのよ。これからも、仲良くしてやってよ」
「もちろん。今更だけど、よろしくね相沢さん」
「……真琴って」
「ん?」
「真琴って呼んで。美亜ちゃん、瞳ちゃん」
勇気を出して声を振り絞った。二人は、顔を見合わせて笑いながら頷いた。
「うん。わかった。よろしくね、真琴ちゃん」
それから、真琴は千早、美亜、瞳と一緒に楽しく話をした。それは、千早とするディープなトークではなかったが、少し表面的な自己紹介も多かったが、楽しかった。
今まで、友達なんて千早だけでいいって思っていた。彼女は面白くて、可愛くて、性格がいい。何人友達がいたって、それ以上に面白い話をできる訳なんてないって思っていた。
でも。
なんだか、他の子のことも知れることが新鮮だった。自分の世界が広がっていく感じ。前は、千早が他の子と話しているのを、どこか不安に感じていた。いつか、見捨てられるような気がして。でも、違った。他の誰かと仲良くすることは、自分と疎遠になることじゃないんだ。
『松下さん……』
『ん? どうした』
『ありがとうございました』
『……意味がわからない』
『わからなくたっていいんです』
真琴はそう言った。お礼なんて、意味がなかったって言うのだから、意味なんてなかったっていい。ただ、言いたかったから、言ったのだ。そうやって少しだけ松下に笑い、再び真琴は3人の方を向いて、楽しく会話を再開した。
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