リーマン死神の過去

              *


 9月14日。余命、33日。時刻は深夜2時半。松下は気配を感じて、家の外まで移動した。目の前にいたのは、昼に会った同僚の死神、渡会優奈だった。


「なんの用だ?」

「それは、こっちの台詞。大丈夫なの?」

「問題ない」

「あるから言ってるんでしょ!? 現世に強く影響を及ぼす可能性がある行為を死神は禁止されている」


 渡会の追及に、松下は苦々しげな表情を浮かべる。なんなんだよ、こいつ。考えたくなかったから、考えないようにしてたのに。典型的なダメ死神は、どうせダメだとは思いつつ、彼女に対しての言い訳を考える。


「……緊急措置を拡大解釈すれば、なんとかなるだろう」

「いや、無理があるでしょう! どう考えても、あなたの行動は、死神規律に抵触する。そうなれば……どうなるかは、あなたが一番知ってるでしょう?」

「……」

 

 以前、執行された罪は、5年間の幽閉。今回は、程度が軽いとは言え、再犯と見なされ同等以上の沙汰が下る可能性もある。思えば、なぜ、そんなことをしてしまったのか我ながら不思議に思う。とっさの現場判断と言えばそうなのだが、明らかに誤ってしまった行動だ。


「松下君。あの相沢真琴って子はどんな子?」

「どうもこうも、普通だよ」

「普通?」

「まあ、少し変な子だけど。性格がねじ曲がってるのは、完全に本人の高い潜在能力ポテンシャルのせいだな」


 弱い心臓以外、真琴はとりわけ高い才能と容姿を持って生まれてきた。実際、子どもの頃はすごく自信に溢れた子だったはずだ。だが、運動ができないと言うことは、子どもにとっては致命的な弱点となり得る。


「確かに、ルックスも整ってるし、なによりも声がいい」

「作曲の才能もあるよ。勉強もそつなくできるし、要領もいい。コミュニケーション能力も高い……皮肉なことにな」


 とりたてて目を見張るものがなければ、ここまで歪むことはなかった。明らかに能力の低い相手よりも、負けたり、制限されたり。そんな

幼少からの悲惨な体験が彼女をネガティブでシニカルな性格に変えた。今の真琴は、とにかく劣等感の塊だ。男子と話すだけで萎縮して縮こまってしまう。 


「でも、普通だ……普通の17歳の女子高生」


 松下はそう思う。ここまで悪条件が重なっていても、真琴は夢を追うことをやめなかった。他の努力をあきらめなかった。親友もいる。彼氏はいない。腐らずに、そこらへんの、なんの変哲もない女子高生に、相沢真琴はなっていたのだ。


「……そうね、普通の子と言うのが、松下君にとっては一番堪えるのよね」

「そんなことは言ってない」


 松下は即座に否定する。自分は特に彼女に思い入れがあるわけじゃない。過去に出会ってきた人々の中で、真琴はどちらかと言えば……いや、特に性格が悪い部類だ。口も悪い。

 しかし、そんな松下の言葉を、渡会は本気にはしない。


「わかってるよね、松下君。寿命は人それぞれに決められている。相沢真琴の寿命もそう。私たち死神はあくまで、それをどう上手く天界に運ぶか。ただそれだけの仕事よ」

「わかってるって」

「わかってないじゃない! あなたはそうやって、対象者に感情移入してまたやらかすの?」

「……わかってるよ。『不平等であることが平等』……だろ? 神の意思は理解しているさ」


 松下は皮肉めいた笑みを浮かべる。

 すべてを平等にする世界は一元的だ。そこに、進化は生じない。だからこそ、神はすべてを不平等にした。種も、能力も……寿命も。そうして創り上げたこの地は多様性に溢れる唯一無二の存在となった。


 しかし、すべてを為すがままにすると、時折魂魄のバランスが崩れる。死神の仕事は、一定数の魂魄を天界に導くことで均衡を保つ、言わばバランサーだ。


 死神は喜怒哀楽の感情を持つ。それは、人間の気持ちをより理解して、魂魄を天界に導く確率を上げるため。そうやって作られたにも関わらず、大抵の死神は人の死に鈍感だ。まるで、作業であるかのように、対象者に死を告げ、49日後に魂魄を刈り取っていく。


 松下も他の死神と同じだ。真琴の死に対して、できることはない。今まで看取って来た他の全ての対象者に対して出来ることはなかった。


「とにかく、これ以上は相沢真琴に対して過度な助力はしないこと。あなたは前科持ちだから、これ以上、規定に抵触し続けると」

「わかってるって。大丈夫だ」


 そう、わかっているのだ。相沢真琴に対して、なにかをしても……なにかができたとしても、もう間もなく彼女は死ぬ。だから、やりたいことをあきらめさせて、夢をあきらめさせて、全てをあきらめさせることが、魂魄を導く最良の方法だと言うことが。


「……他の対象者には、ちゃんとできていたじゃない。なんで、彼女には?」

「……」

「もう……いい。とにかく、気をつけなさいよ」

 

 渡会はそう言い残して、夜の闇へと消えて行った。


 

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