ダメ少女の変身


 映画が終わった後、真琴の歩く足は若干浮き上がっていた。思っていたより、ずっと面白かった。てっきり、お涙頂戴の展開だと思っていたが、予想外のフックもあって、最後に少しだけ涙腺が緩んだ。


「いい映画だったー」

「まあ、100点中75点くらいかな。映画通の俺に言わせると」

「じゃあ、ちょっと黙っててもらえません?」

「か、感想ぐらい言わせてくれよ。それが、どんだけかんに障ったとしても」


 そんな風に減らず口を叩き合いながら、映画館を出た。エスカレーターを降りながら、松下が真琴の方を振り向く。彼は身長が高くて、普段は浮いてるのでもっと高い。


 普段から接している距離よりもかなり近い。それでいて、いつもとは違う、キチンとした身なりの松下に、すごく不思議な感覚を抱く。近くにいるのに、少し遠のいたと言うか。胸のあたりがすごくくすぐったくて、出たがっていると言うか。


「おい、聞いてるか?」

「は、はい!? な、なにがですか?」

「だから、これからどうする?」

「えっ? 帰るんじゃないんですか?」


 目的も果たしたし、もうここにいる理由もない。松下なんかは、どうせすぐに帰りたがるだろうと思っていたし。真琴自身も人混みが苦手なので、完全に自宅直行コースだと思い込んでいた。


「俺もあれからいろいろと考えたんだけど、君はもうちょっと女子力を磨いた方がいいんじゃないか?」

「……刺しますよ?」

「刺すなよ!」


 慌てて身を引く松下だったが、実際問題として刺されてもいいと思っている。今の発言には、デリカシーというデリカシーが欠けている。欠けきっている。やっぱり、この人は……いや、この死神はなんにもわかってない。少しでも、見直した自分がバカだったと真琴は改めて思い直す。


「私は内面で勝負するタイプなんです!」

「その内面が君はぐっちゃぐちゃだから、外面で勝負をしろと言っている!」

「あなたが私のなにを知ってるって言うんですか!?」

「ちょっとだけだけど、性格が悪いことだけはわかっている! こんなことじゃ、彼氏ができないぞ?」

「わかりました! じゃあ、言うことを聞けば彼氏ができるんですね!? 嘘ついたら、針千本飲ましますよ?」

「そ、そう言う所が性格悪いんだよ」


 と言い合いつつ、真琴も一部納得せざるを得ない部分もあったので、渋々従って歩き出した。


「って言っても、私はあんまりお金持ってないですよ」

「直すのは、髪型とか、メイクとかだから別にそんなに金は掛からないだろう。知り合いに美容師がいるから。

「……その人も死神なんですか?」

「ああ。俺とは役割が違って、エリア専門の。俺のこの服も、そこに置いてあるものを転送しただけだから」

「そ、そうなんですか?」


 あらためて、死神というのは、不思議な生態だ。服なんて自動で精製できるかと思えば、それはできないらしい。いや、精製自体はできるのだが、布の質感、ファッションセンス、サイズなんかも想定する必要があるので、相当なセンスが、求められるとのこと。


 必然的に、ダサ坊の松下には無理な芸当らしい。


「そこには、たまに髪切ってもらう時に寄る」

「死神なのに、髪伸びるんですか!?」

「失礼なことをいうな」

「失礼なんですか!?」


 死神的に礼を失してしまったらしい真琴は、死神の生態に得体のしれなさを感じつつも、確かに千円カットのレモン美容室しか行ったことなかったので、素直について行くことにした。


 到着した場所は美容室『701』。茶色の煉瓦で建てられた少しレトロな外観が、隣り合う建物と調和しつつも、独特の存在感を演出している。いかにもお洒落な美容師が出てきそうなお店だ。


「いらっしゃい……って、松田君、また、予約なしで来たの?」


 出てきたのは、すごい美人な女性だった。松下と同じ20代前半くらいの歳だろうか。スラッとしたモデル体型の長身で、そこに立っているだけで場が華やぐような存在感を感じる。


「この子、相沢真琴。なんとかして欲しい」

「れ、レディに対してなんとかとは、なんという言い草」

「君に言い草がどうとか言われたくない。渡会、メイクも少しやってあげてくれ。女子高生だから、薄めのやつで頼む。で、教えてあげてくれ」

「教える?」


 渡会と呼ばれた美人は、怪訝な表情を浮かべる。


「ああ。この子がメイクを毎日できるように」

「えっ!? 毎日するんですか? 私が?」


 真琴はパチクリと目を動かす。


「だいたい女の子ってのは、毎日やってんだよ。起床も、今から1時間早くしなさい」

「ええっ!? そんなに早く起きてどうするんですか!」

「話、聞いてたか? メイクするの。で、髪整えたりとか」

「そ、そんなことまでしなきゃいけないんですか?」

「だいたいの女子高生って、そのくらいのことはやってるもんだと思うけどな」

「そ、それはそうですけど」


 確かに、クラスのほとんどが毎日メイクをしている。でも、半分はすでに中学からメイクしてた人。もう、半分は高校一年生の内にメイクを始めた人だ。高校の2年から。しかも、二学期のなんの変哲もない日から始めるなんて、妙な噂が立ちそうだ。


「……真琴ちゃん、初めまして。渡会優奈って言います」


 そんな中、優奈が真琴の方に近づく。呼ばれるだけで、心臓が高鳴るほどの美人だ。近くにいて、いい匂いがする。なんだか、キラキラしてるように輝いて見える気がするのは、気のせいだろうか。


「は、はじめまして。よろしくお願いします」

「真琴ちゃん。メイクってね、もちろん外見をよくするためにやるんだけど、もっと大事なのは自信が湧いてくるってことなの。綺麗になった自分を感じると、そんな想いが勇気になる。だから、頑張ろ」

「は、はい。絶対に頑張ります!」


 

 

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