ダメ少女の趣味
*
家に帰ってからも、真琴はひどく上機嫌だった。松下から見れば、たまたま積極性を出した第一歩目がうまくいっただけ。それでも、彼女にしてみれば、結構な勇気だったらしい。
真琴はかなり内向的な性格だ。それは、恐らく自身の身体の弱さに起因するものだと思われる。そのため、かなり溜め込んでいるものが多い。口は立つが、臆病。典型的な内弁慶だ。距離感の近い身内には開けっぴろげに話すが、遠い他人には途端に大人しくなってしまう。
真琴と松下の距離感が近いのは、自分のことを把握されていると見なしているからだろう。そう言う相手には結構話すので、他人との関わり自体は好きなタイプだと思う。
今、大事なことは真琴に成功体験を積ませること。それが、彼女を積極的にするために必要なことだと思っている。
「ふんふふふーん♪」
「……」
わかりやすい性格だと、松下は笑いを噛み殺す。
しかし、こんなにもうまくいくとは、本当に運がいい。
「……」
いや、確率というものは収束するものだ。この子はずっとハズレクジを引いてきたのだから。最後の最後に得た、ささやかな幸運だと考えをあらためる。
『でも、悪いやつじゃなさそうだったな、牧野君は』
「でしょ? 話してて、すごく感じ良さそうでした」
「まあでも、問題はこれからだから」
「わかってますよー」
そんなことを言いながら、真琴はパソコンを起動して、カタカタとキーボードを叩く。すると、メロディが鳴り響いて、中のアニメキャラが歌を歌い出した。
「なにをやってるんだ?」
「ボーカロイドって、知ってます?」
「知らない」
「私の代わりに歌ってくれるんですよ。身体が弱いから、歌えないんで」
当然のように答える様に、松下はなんだかすごく切なくなった。一番やりたいことが、やれない。この子は、そんな日常を当たり前のように過ごしてきたのだ。
「……歌いに行くか?」
「ええっ! こんな夜に? 無理ですよ。それに、話聞いてました? 身体が弱いから、歌えないんですって」
「君の方こそ、俺の話を聞いてたか? 君が死ぬのは48日後だ。多少、身体を無理させたってそれは変わらん」
「……なるほど」
「ただし、俺がやめろと言ったらやめること。それ以上は翌日の身体に影響が出る」
「はい! わかりました」
真琴は楽しげに、いそいそと、ギターを準備する。てっきり、カラオケにでも行くのかと思っていたが、どうやら路上で歌おうとしているらしい。
「弾けるのか?」
「ちょこちょこですけど。一日30分くらいしかやってないんで、あんまり上手くはないです」
「そうか……」
重そうにギターを抱えて、真琴が階段から降りる。彼女は、ほぼ重たい物を持たないので、筋力がない。案の定、ヨタヨタしながら必死に歩いている。
松下は、大きくため息をつき、家の外に移動した。それから、実態を現し、服装と身なりを整える。真琴がドアを開けて、松下の方を見ると、あんぐりと口を開けて驚いた。
「ど、どうしたんですか? 他に足がついてる」
「単なる付き添いと、観客だったら現世において大きく影響はない」
松下は脳内で都合のいい解釈に変換する。あくまで、彼女の補佐を前提とした、なんの変哲もない他人。彼女と関わりのある人に認識されるのはまずいが、一生に一度、会うか会わないかの他人と関わり合ったところで、将来の影響度が大きくなる懸念は限りなく小さい。
「あ、相変わらずよくわからない境界線」
「わからないで、別にいい。ほら」
「ん? なんですか?」
「ギター。重いだろう? そんなか細い腕じゃ、目的地に着く前に体力使い果たしちまうぞ」
「……もしかして、そのために出てきてくれたんですか?」
「か、勘違いするな。これは、別に優しさとかじゃなくて、お前に『思い残し』がないように死んでもらいたいだけだからな」
「松下さん……」
「……」
「せっかくなら、このリュックも、持ってくれません」
「ふ、ふざけるんじゃねーぞお前」
人の好意を。
「仕事だって、言ったじゃないですか。さすがに、おんぶまでは求めませんから」
「当たり前だ! お前、俺を執事かなにかと勘違いしてないか?」
「安心してください。そんないいもんじゃないことは、わかってます」
「……お前はなにひとつわかってない」
一応、神だぞこっちは。遠慮というものを知らない真琴に、大きくため息をつきながら、リュックとギターを背負いながら、歩き出した。意外にも、重い。遠足に行くんじゃないのに、明らかに詰め込み過ぎだ。
「ねえ、松下さん」
「今度はなんだよ?」
「ありがとうございます」
「……さっさと行くぞ」
「ヘヘッ。照れてる」
「うるさい」
そんなことを言い合いながら、二人は歩いた。
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