★第一章★ 星の魔女(6)

 道を挟み込んで、左右互い違いにぽつんぽつんと街灯が並ぶ登山道。

 やや頼りないその灯りの下、シホとレイナは手を繋いで麓へと続く道を進む。

 登山道といっても人の手でよく整備されており、歩きやすい。道には砂利が敷かれており、なだらかな傾斜がほとんど。ときどき現れる急な斜面も、分厚い木材を地面に埋め込んで作った階段があり、苦労することもない。

 ちょっとした自然公園のハイキングコース。そんな感じだ。

 そもそも山自体、さほど高いわけではない。整備された道も相まってレイナほどの歳の子供の足でも、二十分もあれば難なく登頂できるだろう。

「……じゃあシホお姉ちゃんはほんとにお星さまから来たんだね!」

 レイナはくりくりとした呂色の目を輝かせて言った。

「うん。ちょうどさっき蒼星に着いたところなんだよ」

「がいあ? ちがうよ、ここは‘ちきゅう’っていうんだよ。それでね‘にほん’っていう国なの」

 シホの顔を見上げてレイナが言った。

「そうだよ、シホ。‘蒼星’というのはボクらの呼び名で、この星では‘地球’が正しい名称さ」

 二人の後ろをついて歩くグレイが補足する。

「そうなんだ。レイナちゃん物知りなんだね」

 シホが柔らかな表情で、レイナの顔を見る。

「うん! おばあちゃんが教えてくれたの! いろんな事を知っててすごいんだよ! あとはね、ながれぼしはお願い事を叶えてくれるんだって。それもおばあちゃんから聞いたんだよ!」

「えっ? もしかして……それでおうちを飛び出してきたの?」

「そうだよ! だってすっごく大きいお星さまだったんだもん。だから探しにきたの!」

 どうしてこんな小さな子がこの時間に一人で外を出歩いているのか不思議だったのだが……まさか自分の不注意がこんな事態まで引き起こしていたとは。

「だめだよ。こんな時間に一人で出歩いちゃ。……きっとお母さんも心配してるよ?」

「ううん。それはないよ。だって、おかあさんいないもん」

 思わぬ返答にシホの心が揺らぎ、波打った。どうにか動揺を抑え込んで、努めて自然に会話を続ける。

「……そっか。ううん、ごめんね。変なこと聞いちゃって」

「どうして謝るの? それにね、おかあさんはいないけど、おばあちゃんがいるから平気だよ」

 そう言ってレイナは不思議そうにシホの顔を見る。

 じゃあ、おばあちゃんのところに早く帰らなきゃね、シホのその言葉に、レイナはにっこりと笑い、大きく頷いた。

 …………

 五分ほど歩いただろうか。

「シホお姉ちゃんはどうしてちきゅうに来たの?」

「星の魔女のお仕事のためだよ」

「どんなおしごと?」

「えーっと……」

 何て説明すればいいんだろう。うーん、と指先を顎にあて、シホは少し上を向いて考える。

 ちょうどその時、麓の方からびゅう、と強風が吹いた。山道の落ち葉が舞い上がる。

 冷たい空気がシホとレイナを包み、繋がれた手の隙間を乾いた音と共に冷気が通り過ぎていく。沁みるような寒さに二人は思わず身を縮めた。繫いだ手から、互いの体温の低さが伝わってくる。

「そうだ、あたしいいもの持ってるんだよ」

 そう言ってレイナはズボンのポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。

「あれ……?」

「どうしたの?」

「てぶくろ。片方しかないの」

 言う通り、ちっちゃな手に握られている毛糸の手袋は右手だけだった。

「落としちゃったのかな……どうしよう……おばあちゃんが作ってくれたのに」

 これまで明るく溌剌とした表情しか見せなかったレイナの顔が初めて曇った。

 シホはちょっと迷ったが――

「よし、お姉ちゃんお仕事しちゃおうかな。わたしの事を探しに来てくれたレイナちゃんへのお礼も兼ねて」

「えっ?」

 レイナが首を傾げてシホの顔を見上げる。

「見つけてあげる。手袋」

「見つかるの?」

「きっと見つかるよ。お願い事を叶えるのが、わたしのお仕事だもん」

 シホは微笑むと、優しくレイナの頭を撫でた。

 …………

 シホはレイナの正面に立ってからしゃがみ込む。そして少し顔を近づける。

「じゃあまず、手袋が見つかりますように、って心に強くお願いをして」

 レイナは頷き、片方だけの手袋を強く握りしめると、目をギュッと閉じた。

「……うん。さあ、レイナちゃん。聞かせて。あなたの願いを」

 シホは優しく、語りかける。

「おばあちゃんがくれたてぶくろ! とても大事なものなの! お願い、戻ってきて!」

 レイナの想いを乗せた言の葉。

 シホの柔らかな吐息がレイナの鼻先をかすめ、紡がれた願いの言葉を包みこむ。

 瞬間、世界が白い光に包まれたかと思うと――向かい合うシホとレイナの間に、やさしく光を放つ球体が現れた。

「これがレイナちゃんの祈り。お願いの気持ちだよ」

 レイナの正面、胸元くらいの高さの宙に浮く、その光球を見ながらシホが言った。

 当のレイナはその虹色の輝きにすっかり心奪われた様子で、大きな瞳を負けないくらいに輝かせて光に見入っていた。

「さ、行こう。この光がお願い事を叶えてくれるよ」

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