★第四章★ 決意(6)

 光に導かれ、気が付けば海沿いの駐車場の辺りまで歩いていた。

 夕闇が天を包み、東の空には星が瞬き始めている。

「うーん……やっぱり大きな願いだと、時間がかかるのかなあ」

 カナエとの間にレイナを挟み、レイナと左手を繋いだシホが漏らす。

「でも不思議だね。クーヴァが全然現れないよ」

 並んで歩く三人を先行するグレイが振り返って言った。

 やがて――海に流れ込む河川を跨ぐ鉄橋が見えてきた。光が速度を上げて左へと曲がり、鉄橋へと向かっていく。小走りになってシホが後を追い、何かを見つけ立ち止まる。

 鉄橋の歩道。シホの正面に立つ人影。

 それが誰であるかは――灯りに浮かび上がる道化師染みたシルエットから明白だった。

「シホ……星の魔女は辞めろと、邪魔はするなと言ったハズだぜ」

 欄干の隙間を抜ける風の音と共に、ミーティアの静かな声が響く。 

「そうはいかないよ。わたしは理想の、誰もが認める星の魔女になる、わたしもそう言ったはず」

 遅れてやってきたカナエの前に、光球が揺らぐ。

「そんな大きな願いを――叶えさせるわけにはいかない」

「ミーティアは、わたしたちに十分なヘクセリウムが集まったら困るもんね。その様子だと……まだ『失われし魔術書』は見つけてないみたいだね」

 シホはミーティアへ向かってゆっくりと歩を進める。

「お前は危険だ……シホ。もう放っては置けない」

「放って置いて欲しかったのは、むしろミーティアのほうじゃなかったっけ? ほんとに――自分勝手だよね。でも……いいよ。わたしもそろそろ会いたいと思ってたところ――」

 シホの足の動きが徐々に加速していき――

「ここで決着をつけよう――ミーティア!」

 法器に飛び乗ると同時、シホは光の矢を放つ。

「もう――手加減は無しだ。覚悟はいいな、シホ!」

 ミーティアが法器をベルトから抜き、瞬時に分離させる。

 右手に持つ小型法器が赤い魔法を放ち、光矢を撃ち落とす。

「シホ! 二人の事はボクに任せて。戦闘に集中するんだ!」

 カナエとレイナを先導し、鉄橋の端まで離れたグレイが叫んだ。

 魔法が相殺されている間に、シホは速度を上げミーティアに突っ込む。

 魔法を放ち終わったミーティアは、その場でバック宙をしてこれを避け――そのまま着地することなく法器に乗り、反転。シホを追撃する。

 複雑に組み合った橋の鉄骨の隙間を、最小限の動きでシホがジグザグに縫って疾り抜ける。

 ミーティアが放つ赤い魔法が鉄骨を掠め、錆を削り、あるいは空を切り彼方へと消えていく。

「逃げてばっかりじゃ勝ち目はないぜ! シホ」

 想像以上のシホの操縦技術ドライビングテクニックの前に、攻撃が当たる気配も感じられず、ミーティアが舌を打つ。

 ほどなく――全長二〇〇メートルを超える鉄橋を端まで横断し終わる頃、シホが動きを変える。身体を左へと大きく傾け、橋の外側へと大きく外れると旋回。刹那、天地が入れ替わり、橋桁を頭上に捉えつつ橋の内側へと回り込む。後を追ってきたミーティアの背を捕らえ――攻守を切り替える。

「それなら――逃げるのはおしまい! ほら――ミーティアの番だよっ!」

 ちらりと後ろを確認し――今度はミーティアが橋を元の位置へと折り返すように飛ぶ。

 シホは狙いを定め、光を次々と放つ。

 上下左右、ランダムに機体をずらし、攻撃をかいくぐるミーティア。そして後ろ手に小型法器の射出口を向け――適当に魔法を撒き、応戦する。

 シホの前方から、赤い矢が迫るが――ほとんど避ける必要はない。いかにミーティアといえども、目視なしで魔法を標的に着弾させるほどの芸当はできないようだ。

 となれば――次にミーティアがやることは振り返り、一発だけ、確実なショットを狙ってくるはずだ。偶然の産物として正面を捕らえた赤い光を、首だけを動かし避けながらシホは考える。互いが高速で飛行中。生半可な腕ではその一発を当てることなど不可能だろう。通常はあり得ない手――だが、だからこそミーティアはそれを狙ってくる。そしてそれだけの実力と自信を兼ね備えている。

 チャンスは――振り返るその瞬間。ミーティアが引き金を引く前に、撃つ――

 魔法を適度にばら撒き、シホはその瞬間ときを待つ。そして――

 ミーティアの上体が動き――振り返る。

 今だ! ――シホの法器を魔力が巡り、魔法陣から必中の矢が放たれる。

「なっ――!?」

 確実にミーティアの位置を捕らえ疾走した矢はその先の鉄柱に飲まれ、消滅。

 常識の先の先、その攻撃の更に先を行く行動。

 振り向きながら――片手で法器を掴んだまま空に飛んだミーティアは、今や法器に左手一本でぶら下がり、その瞳は追撃しているはずのシホを見据えている。

 標的を狙い澄ましたミーティアの右手が、トリガーを絞る。

「シホ! わかったか! これが――力の差ってもんだぜ!」

 焼けるような痛みが走る。赤い熱線がシホの左肩を貫いていた。

 シホの口が歪む。

 そう――笑うように。

「――!?」

 遠心力を利用して法器の上に戻りつつ――その表情を見たミーティアに寒気が走る。

 ミーティアが正面へ向き直ると――

 視界の片隅に二十センチほどの球体――いや、正確には魔法陣が三軸で組み合わさった立体物だ――が飛び込んできた。

「こっ――」

 鉄骨に隠れるように置かれていた‘それ’に気づいたミーティアが声を発する間もなく、三枚の魔法陣は眩い光を放ち――そして爆発した。

 至近距離から襲い掛かる衝撃に飲まれ、ミーティアが吹き飛ぶ。

 シホが手に入れた新たな力。

 ――設置型爆発魔法。

 魔法陣を組み合わせることで、閃光と熱線を三六〇度、全方位に放つことを可能とした魔力爆弾である。同時に設置できる上限数や、設置後に移動が出来ない特性、起爆までの時間がかかるなどの欠点が目立ち、今では使われることがなくなった旧式魔法だ。

 始めシホはミーティアに自分を追撃させ――その実、橋の鉄骨の影に爆発魔法を設置。

 起爆までの時間を逆算し、攻守を入れ替えてミーティアを追撃。射撃で動きを牽制しつつ、爆発の瞬間に合わせトラップまで誘導したのだ。

 シホの並外れた法器捌きと、直線的な攻撃あってこその芸当。どちらかが欠けていては為し得ない独自の戦術だ。

 爆発に巻き込まれたミーティアは落下。橋の上に横たわっていたが――

「恐れ入ったぜ――。舐めていたよ、シホ。ここまでやるとは――まさか、こんな旧式魔法ガラクタに一杯食わされるなんてな――」

 額から流れる血で右目を塗らし――ミーティアが立ち上がる。

「おっかしいな……あの距離で直撃だったら、もう立てないと思ってたのに――威力を殺されたかな……? やっぱり凄いよ、ミーティアは」

 爆発の瞬間、咄嗟に後方に飛んで威力を殺したか――やはりミーティアも只者ではない。

「だが……もう終わりだ。お前の弱点はわかった」

 そういってミーティアは法器に乗り上昇すると、アーチ状の鉄骨の頂点に降り立つ。

 そして右手にハンドガン型の小型法器、左腕に本体ベースとなる法器を構え――二つの射出口から次々と魔法を放つ。

「あたしは動く必要がない! こうしていれば設置魔法は無力だ! お前は逃げまわることしかできはしない!」

 シホが法器を駆り、魔法を避け続けるが――ミーティアの二つの法器から放たれる正確な射撃にじわじわと追い込まれていく。

 こうなっては被弾するのは、時間の問題だ。ならばやはり――

 シホがスロットルグリップを絞り、ミーティア目がけ一気に加速する。

「だろうな! 結局お前にはそれしかない!」

 これまでに何度か繰り返してきた攻防。

 シホが魔法を放ち――ミーティアが狙いを絞り、苦も無く相殺する。

 弾丸の如き速さで突進してくるシホをミーティアは上体を反らして躱し――すり抜け様、後方から左手の法器本体で薙ぎ払う。

 体勢を崩し、橋から川へと突っ込むように高速で落下していくシホ。

 ミーティアは体勢を整え、すかさずその場から離れる。一拍置いて爆発魔法が轟音と共に閃光を放った。

「やっぱりな。捨て身と見せかけた囮、だろ――そしてお次は――」

 シホを叩き落とした水面が音をたて、水しぶきがあがる。ミーティアは咄嗟に魔法を撃ち――放たずに、橋の対面。背後へと銃口を向ける。

 そして予測どおりのタイミングで新たに背後に現れた水しぶき目がけ魔法を放つ。

「そっちは爆発の囮で、こっちが本命だろっ!」

 赤い閃光が水しぶきの中のシホを撃ち抜き――

「なに……!?」

 ミーティアの予想とは裏腹に、そこにシホの姿はない。

「どこにっ……!?」

 周囲を見渡すミーティアの頭上から、音をも立てぬ速さで流星と化したシホが迫る。

「――上かっ!」

 突っ込んでくるシホを視界に捉えた直後、凄まじい衝撃がミーティアを襲った。

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