★第五章★ 願いの先は

★第五章★ 願いの先は(1)

 シャワーを止め浴室から出ると、シホは洗面台の前に立つ。

 うっすらと湯気で曇った鏡をこすると、ぼやけていた自分の顔がはっきりと確認できた。

 色濃くなった藤色の髪の水気をタオルで拭き取っていると、今頃になって左肩に鈍痛を感じる。赤い魔力の矢に射抜かれた傷口がずきずきと熱を帯びてきていた。

 多少お湯が沁みたが、シャワーを浴びるときもさほど不自由は感じなかったから、骨は無事なようだ。

 わざと外した――? まさかな、と思いながらシホは棚から一枚の魔術書を取り出す。

 右手で左肩にあてがい、魔力を込めると――魔法陣がぼんやりと灯り、刻まれた術式が暖かな粒子となり、傷口を塞いでいく。やがて水晶盤から術式が消える頃には、生々しかった傷口は目立たない位にまで治療されていた。

 さすがに完治とはいかなかったが、あとはしばらく放って置けば自然と治るだろう。

 治癒術式を放出し、使い物にならなくなった水晶盤をごみ箱に放り込んでシホはバスルームを後にする。

 そのままクローゼットへと直行すると、ハンガーを手に取り、ビニールを剥がして新しい服をおろす。着なれた宇宙色の装束とマントを纏い、鏡台の前で髪を結うと、シホは足早に家を出ていった。

 …………

「詳しいことはグレイから聞いたわ」

 既に休憩所にはヴィエラ星群のメンバー、プラーネ、そして通信越しのハレイが揃っていた。シホが手近な椅子に座ると同時、プラーネが口を開いた。

 テーブルには――先ほどシホが持ち帰った巨大なヘクセリウム。

「すみません。わたしが……油断したばっかりに」

 悔しさを隠すように、シホは無機質な声で言った。

「……そうね。千載一遇のチャンスを逃したのはツメの甘さゆえ……ひとえにあなたの落ち度と言えるわね」

 毅然とした表情でプラーネが言う。

「でも……逃したとはいえ、あなたはこの短期間であのミーティアと互角に渡り合うまでに成長し、実質的に勝利を収めた。これもまた事実ね」

「さっきも言ったけどシホの実力は本物さ。ボクが保証するよ」

 僅かに表情を和らげたプラーネの言葉に、念を押すようにグレイが付け加える。

「そこで上で話し合った結果――」

 プラーネがハレイを見た。それに合わせ、シホが立ち上がる。

「シホ。ミーティアを逃してしまった今回の失敗については、実に残念でなりません」

 ハレイの言葉に、シホが僅かに俯く。

「しかしミーティアに勝利した事、そしてこれまでのヘクセリウムの回収量を総合的に評価し、今後のあなたの活躍への期待も込めて――シホ、あなたを三等星級に認定します」

 後に続いた思いもよらぬ言葉に、シホが顔を上げる。

「さあ、シホ。こちらへ」 

 促されたシホがプラーネの前に出て片膝をつく。

 プラーネがシホの額の辺りへ手をかざすと――

 シホの帽子の先端に下がっていた星型の階級章を魔法陣が取り囲み――収縮していく。

 直後、白色の階級章が光を放ち、銀色へと変化した。

「身に余る光栄です。星団長、そして星女王さま。処遇に恥じないよう、より一層、使命に臨みます」

 姿勢を崩さず、シホは顔を上げた。

 六等星級から一気に三段階の昇格。シホは階級上で四等星級のヴィエラを超えた事になる。

「おめでとうシホ。……ははっ。あっさり追い抜かれちまったな」

「おめでとうですの。シホ。……わっ、わたくしもすぐに追いつきますわ!」

 ヴィエラとベネットが祝福の言葉を述べ、シホを拍手が包む。

 …………

「さて……では今後の所属はどうしようかしら。シホを新たな星群長としてチームを組んであげたいところだけど……肝心の人員が居ないのよね……」

 プラーネが腕を組み、考えあぐねる。

「いいえ、わたしはヴィエラ星群のメンバーのままで構いません。使命を全うするのに何ら問題はないですから」

 シホはあっさりと星群長への異動を固辞した。

 その言葉にヴィエラとベネットはなぜか――いや、その理由は確かだ――安堵する。

 ここしばらく見てきたシホの様子から、このまま彼女が他の‘何か’に変わってしまうのではないか、そんな不安が心の奥底にあったからだ。

「ふふ、その様子ならもうヘクセリウムの回収について憂う必要は無さそうね。となると――」

「――ええ。残るは『失われし魔術書』です。シホ、期待していますよ」

 プラーネとハレイの言葉に、シホは頷いた。

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