★第五章★ 願いの先は(2)

 こうして星群のメンバーで揃って任務にあたるのはいつ以来だろうか。

 シホたちは三人で街の上空を飛び、依頼人を探す。

 二十分ほど付近を周回し……ビー玉ほどの大きさの光を胸に宿す、二十代前半の女性が目に入った。ヴィエラとベネットが彼女の元へと降下していくが――

 あんな小さな願いじゃ、大した成果にはなりそうにないな。そう思いつつ、シホは後に続いた。

 …………

 紛失した自宅の鍵を無事に見つけ、女性はシホたちに何度かお辞儀をして去っていった。

「シホ……どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

 戦闘中、いつもと違う様子だったシホに、ヴィエラが心配そうに声をかけた。

 シホは軽く首を振る。

「違うよ。ただ……ちょっとやる気が出なかっただけ」

「……?」

 シホの言葉に、ヴィエラが顔をしかめる。

「だってそうじゃない? 結構な時間もかかって……得られたのはこれだけ」

 そういってシホはヴィエラの手からビー玉大のヘクセリウムをつまみ上げる。

「何……だって……?」

「……大した見返りも得られないとわかっているのに、わたしたち三人の時間と労力を費やすのは……ちょっと違うんじゃないかなって思う」

 シホはヘクセリウムをヴィエラに返しながら、ベネットに向き直って言った。

「だってそうでしょ? わたしたちには大きくて立派な使命があるんだよ? ボランティアでやってるわけじゃない」

「シホ……? 何を……何を言ってますの……? 多くの人の願いを叶えることが……それこそがわたくしたちの共通の想い、理想だったんじゃありませんの!?」

 シホの言葉に耳を疑ったベネットが動揺を隠し、訊ねるように言う。

「それはそうだけど……正直いって、依頼人たちがこの程度の願いを叶えられないのは、自分の力不足だからじゃない?」

「ちっ……違いますわ! わたくしはそうは思わないですの! 他人から見ればどんな些細なことでも、本人にとっては大きくて困難な……でも、だからこそ大切な願いですわ!」

 顔を赤くしてベネットが言葉を吐き出す。しかしシホは冷めた眼で返す。

「ああ、そっか……。そんなだからベネットは未だに理想に届いてないんだね。宇宙を救えるような立派な魔女に少しも近づけないままで」

「なっ…………」

 ベネットはもう声も出せなかった。

 喉の奥が熱くて、痛い。歯を食いしばり、込み上げてくるものを必死に堪えている。

「シホ……!! お前……何を言ってるのかわかってるのか……!」

 ヴィエラが肩を震わせる。

「どうしたのヴィエラ? わたし、何かおかしなこと言ってる?」

 そう言ってヴィエラを見つめ――シホは溜息をもらした。

「もう……ヴィエラたちは大きな願いを叶えなくていいよ。わたしが引き受けるから。二人はさっきみたいな小さな仕事だけやりなよ。そのほうがラクでいいでしょ? わたしもより強くなれるし、お互い損はないと思わない?」

 ――ぱんっ……! 

 乾いた音が響いた。

「シホ……! 見損なったぞ……!!」

 シホの頬を平手で打ったヴィエラが声を震わせる。その目は激情に潤み、揺らいでいた。

「お前は理想の為に……力をつける為に、いろんなものを犠牲にしてでも頑張る決意をした……そう思った」

 腹の奥から……熱い何かが湧き上がってくる――

「だからアタシは応援して、そんなシホを見守ることにした……!」

 奥から奥からやってくるそれは次第に詰まり、胸を焼き――

「ミーティアの件も踏まえて……二度とあんな事が無いように努めてきたつもりだ……だが……!」

 関を切ったように溢れ続け、やがて全身を包み込み――

「……だが間違いだった! アタシの責任だ……無理やりにでも、こんなお前になる前に止めるべきだった……!!」

 そして熱い雫となり――とめどなく溢れ出した。

 泣いていた。ヴィエラは泣いていた。

「何……? 何なの? それって……嫉妬? そっか……ミーティアもそれで星群を離れて行ったのかな……。今なら少し、わかる気がするよ」

 シホが言い終わる前に、背を向けて駆け出していた。

 もう――もうこれ以上聞いては……いられない……!! ヴィエラは法器を跨ぎ、めいっぱいにグリップを絞る。

「……シホっ! あんまりですわっ! ヴィエラは……」

 ベネットは声を絞りだし、なにかを言いかけたが……、涙を溜め、シホを見つめたあと、ヴィエラを追うように飛び去っていった。

 …………

 シホは顔に手を当てる。

 頬は赤みを帯びていたが……何も感じなかった。

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