★第一章★ 星の魔女(5)

 未確認飛行物体、及びそれに関係するものの目撃、接触は段階ごとに次のように分類されている。

 第一種接近遭遇――未確認飛行物体を至近距離から目撃すること。

 第二種接近遭遇――未確認飛行物体が周囲に何かしらの影響を与えること。

 第三種接近遭遇――未確認飛行物体の搭乗員と接触すること。

 はい。いまここ。

 …………

 予期せぬ第三種接近遭遇にシホの頭の中は真っ白になり、フリーズしていた。

 人生のスパイス。突発イベントというやつである。

 良いことの場合はサプライズ。悪いことの場合はアクシデント。とりあえずシホが蒼星にやってきて最初に起こったのは後者だった。果たして今回はどちらなのだろうか。

 木陰からシホを見つめる少女。

 二人はしばし見つめ合ったまま硬直していたが……やがて少女は木陰からぴょん、と飛び出した。

 ひえっ!? シホは思わずのけぞり、そのままぺたん、と尻餅をついた。ひんやりとしていて、それでいて湿り気のある腐葉土の感触を落ち葉越しに感じる。

「ちがうの? どうしたの? お姉ちゃん」

 腰を抜かして座り込んでいるシホに近づくと、少女は不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 息がかかるほどの至近距離。そしてコミュニケーションの試み。これはもう第四をとばして第五種接近遭遇に移行!?

「ちっちち違うの、はわわわわ、わたし決してマジョの決して怪しいお星さまでわっ、ごめめごめごめんくださいっ!」

 口をぱくぱくさせながら、どうにか発した言葉の意味はシホ自身にもよくわかってはいない。

「怪しすぎるよ。シホ」

 少女の後ろ――足元から声がした。一匹の灰汁色の猫の姿が、森を包む闇から湧き出すように浮かび上がる。

「はわわーっ! 猫がっ、しゃべってるーーッ!」

「あのねえ……」

 シホの叫び声が森に木霊し、グレイがひどい頭痛を振り払うかのように頭を振った。

 …………

「ねえネコさん、このお姉ちゃんが探してたお姉ちゃん?」

「うん、そうだよ。ありがとう、本当に助かったよ」

 未知との遭遇に端を発するパニック状態。その余韻に包まれ、呆けたように座り込んでいるシホには一瞥もなく、少女とグレイが言葉を交わす。

「そっかあ、良かったね。ネコさん」

「ボクは猫じゃないよ。それと、名前はグレイさ」

「ネコさん、グレイっていうんだ。よろしくね!」

 少女は笑顔でグレイを抱きあげ、ぎゅっ、と頬ずりをする。グレイもまんざらではない様子で、ぺろんっ、と少女のほっぺたを舐めた。

 きゃっ、くすぐったい、と少女が身をよじる。

 少女と小動物の微笑ましいスキンシップ。

 そんなやり取りをシホは口を半開にしたまま、ぼけーっ、と眺めていた。

 少女の出で立ちはデニムのオーバーオールに赤いトレーナー。腰まで届きそうなストレートの黒髪は、僅かに差し込む街灯の明かりを照り返していて、この薄暗い森の中でも表面がツヤツヤなのがわかる。

 綺麗な髪だなあ、とシホはその美しさに目を奪われた。その間も少女とグレイのやり取りは続く。

「それにしても、ちょうどいいタイミングだったよ」

「うん! お星さまがあたしのおうちの上をびゅーん、って通り抜けてお山の方に飛んで行ったから、見に行こうと思って! それでおうちから出たら、お空からグレイが降ってきて、そしたらね……!」

 目を輝かせながら、少女は興奮気味に話す。

 そこまで聞いて、シホは先ほどの仕打ちを思い出した。

「あーっ! グレイ! さっきはひどいよっ! 自分だけ逃げちゃうなんてっ! 何かあったらどうするつもりだったのっ!?」

 立ち上がって抗議する。

 遭難して行き倒れになった挙句、春先辺りになってから、『未確認飛行物体の乗組員か!? UFO残骸と共に、未知の生物いたたまれない姿で発見!』といった具合で異星のゴシップ紙の紙面を飾る生涯など――本気で笑えない。いや――むしろ笑いものになるのか?

「だからこうやってちゃんと迎えに来たじゃないか。心強い味方もスカウトしてさ」

 そう言ってグレイは少女を目で指す。

「土地勘もないこの山の中を一人で探すのも心許なかったし、正直に事情を話して彼女に手伝ってもらうことにしたのさ。……ほら、シホ。お礼」

 特に悪びれる様子もなく話を進めるグレイ。シホは些か不満だが……はあっ、息をつき諦める。グレイがマイペースなのはいつもの事だ。

「ううっ……もうっ! それで、その……ありがとう。ええっと……」

「レイナ! あたしレイナっていうの」

「そっか。ありがとうね、レイナちゃん。わたしはシホだよ。歳はね、一六八歳。レイナちゃんはいくつ?」

 レイナと名乗った少女は目をまんまるにして驚いている。緩んだ腕の隙間からするり、とグレイが逃れた。

 どうしたんだろう? あ、もしかしてもっとオトナな素敵な女性レディに見えたかな? などと都合のいい想像をしてちょっとシホの口元が緩む。

 しばらくレイナはぱちくりと目を瞬かせたのち、口を開いた。

「……うんとね、あたしは六さいだよ」

「えっ、六歳!?」

 今度はシホの方が目を見開く。

「うそでしょ……? そんなわけないよ。少なくとも……どうみたって五十歳は超えてるよね?」

「シホ。この星の人間の寿命はキミたちの十分の一位なんだよ。その分成長も十倍速い」

 小声でグレイが囁く。

 あっ、そうなのか。だからさっきあんなに驚いてたんだ。じゃあこの星に合わせた年齢に言い直しといたほうがいいのかな?

 四捨五入して十七……いや、ここは切り捨てで十六歳で! ……などとシホがどちらで発信してもさほど世界には影響力の無い、だが重要な問題について検討していると、レイナが口を開いた。

「それでね、えっと、シホ……おばあちゃん」

「……お姉ちゃん、だよ」

 シホは優しく笑いながら、そう訂正した。

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