★第一章★ 星の魔女(4)

 冷え込んだ冬の空気と、背の高い針葉樹が辺りを包みこんでいる。

 天は木々の濃緑に覆われており、月明かりもここには届かない。その代わりに、登山道に沿って設置された街灯の頼りなさげな光が、うっすらと木々を闇からあぶりだしている。

 完全な暗闇ではなかったが、それがかえって景色を重く陰鬱とした雰囲気に仕立て上げていた。

 …………

 薄暗い森の中。

 周囲に比べひときわ隆起した落ち葉の山が、かさかさと乾いた音をたてて動いた。

「あうう……いっ……たー……」

 頭をさすりつつ。落ち葉をかき分けながら半身を起こし、尻餅をついた格好のままシホは呻いた。

 思わず天を仰ぐ。うっそうと茂る針葉樹の僅かな隙間から、少しだけ夜空が見えた。

 地上だ。はふ、と白い息を漏らす。

 シホはもそもそと落ち葉から這い出して立ち上がると、ばさばさとマントを振るって、纏わりついた落ち葉を払い落とした。それから大きなとんがり帽子も軽く叩いて汚れを払ってから、被りなおす。そして――周囲をきょろきょろと見回し、探す。

 足元を見ると地面が鋭く抉られた跡がある。

 その跡に沿って進むと――‘それ’はすぐに見つかった。

 シホがダイブした落ち葉の山から五メートルほど先。抉られた地面の終着点。そこに半ば地面にめり込んだ状態で突き立っている。

 法器。――正式名称‘魔女の法器ヘクス・ヴェセル

 魔力燃料‘ヘクセリウム’を動力源とする魔導機だ。

 主用途としては飛行魔法による移動――要するに乗り物なのだが、魔法術式をインストールすれば他の魔法の行使も可能。

 勿論、魔女自身の力でも魔法の行使はできるのだが、それには相応の魔力と魔法術式の熟知が必要となる。基礎魔法のみならいざ知らず、星の数ほどもある様々な魔法を生身で行使できる魔女など、誇張抜きで指折りほどの数しか居ない。まさに天才と呼ばれるような人物のみだ。

 もしもシホのような凡人がこのレベルを目指すのなら、それこそ一生を費やす思いで勉学、そして鍛錬に励まなくてはならない。もっと言えば仮にそうしたとして、果たしてその境地にたどり着けるのかどうか、保証はない。そんな世界だ。

 対して魔女の法器を使えば、術者は術式の肝心な箇所――つまり、‘さわり’の部分さえ把握していれば良い。ポイントだけ自分で抑えておけば、残りの面倒な処理は法器が自動でやってくれるというわけだ。

 機体ごとに対応魔法術式や出力など性能差があるので、なんでもかんでもとはいかないが、術式を熟知していない魔法でも行使が可能というインパクトは大きく、魔法界に技術革新イノベーションをもたらした。

 かくして、魔女の法器は現代を生きる星の魔女にとって欠かせない、まさに相棒というべき存在。その地位を確立したのである。

 よいしょっ、と無意識に声を漏らしながらシホは相棒を地面から引き抜く。

 表面には粘着質の赤黒い土がべったりとこびりついているが、外観に損傷は見られない。

 一通り法器を眺め、目立った異常がないことを確認すると、法器を両手で構え、柄の先端近くにある回転可動域――スロットルグリップに添えた右手を軽く捻る。

 うぉん、と音をたててグリップとは反対側に位置するエンジンノズルがヘクセリウムを燃焼させた青白い炎を吐き出す。

 よかった、壊れてない。ほっ、と胸を撫で下ろす。

 さて、目的地に向かわなくっちゃ、と歩みを進めようとした瞬間――

 木陰からこちらを窺うその少女と目が合った。

「見つけた! ねえねえ! お姉ちゃんがお星さまの魔女?」

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