★第三章★ 予期せぬ再会(4)

 二週間ほどが過ぎた。日分け制はハマり、効果は確実に現れ始めていた。

 ヘクセリウムの確保量は増え、かつ、多くの人の願いを叶える充実感にシホは満足していた。

 今日は‘質’優先の日だった。多くのヘクセリウムが得られる強い願いには、より多くのクーヴァが発生する傾向がある。シホたちは気を引き締め、朝から六件ほどの仕事をこなし――海沿いに広がる駐車場に集まっていた。

 海風の冷たい季節。ここを訪れる人の姿はなく、閑散としたアスファルトの大地が続く。その先の朱に焼けた海面からはおだやかな潮の音が届き、まばらに海鳥の鳴き声が混じる。

 ヴィエラは今日の成果を確認する。

 ビー玉ほどの大きさのものが四つ、それよりも大きいのが二つ。そのうち一つは取り分け大きく、ピンポン玉ほどもある。

 シホはこんなに大きなヘクセリウムを見たのは初めてだった。

 この依頼人はいつだったか、一度願いを叶えられなかった薄幸の経営者。あのおっちゃんだ。

 シホたちがクーヴァとの戦いを繰り広げている間、おっちゃんは宿敵、野良犬と壮絶な死闘を演じた末、勝利。遂に失われしカバンを取り戻した。

 あちこちボロボロになりながらも、おっちゃんは勝利の雄叫びと共に、歓喜の舞を披露しながら帰って行った。

 この国は大丈夫だ、シホが万感の思いでその背を見送っていたのは他の二人には秘密である。

「よっし、こんなもんか。今月はもう安心だな」

 ほくほく顔でヴィエラが言う。

「うん! たった二週間でもう目標達成だね!」

「まー、今までが成績良くなかったから、目標値下げられてたってのもあるんだけどな、実は」

「うわあ……」

 真相を知り、シホが半笑いで声を漏らす。

「じゃあ今日はもうお開きにしませんこと? プレミアムフライデー、ノー残業デーですわ」

「だな、そうするか――」

 ベネットの提案にヴィエラが答えようとしたとき――

 ――!?

「どうした? シホ」

 不意に振り返り、周囲を警戒するシホにヴィエラが声をかけた。 

 視界に映るのは西日を照り返す黒炭色の地面、少し先にはフェンスに囲まれた海と河川を隔てる水門の管理棟。

 人はおろか、動物の気配もない。

「……ううん。なんでもない。視線を感じたんだけど、きっと気のせ――」

 気のせい、ではなかった。

 視線を落としたシホの目に飛びこんできたのは、黒い塊。そして鋭い眼光。

「――――!」

 声を出す間もなく、黒い影が動き、ヴィエラの手を弾き飛ばす。ヘクセリウムが宙に舞い――高速で移動する黒い影に飲まれていく。

 一瞬の出来事に動く事すら出来ない三人。

 シホたちから距離を置いて着地した黒い塊は見る見るその姿を変え――金髪の黒き獣人へと変貌する。

 その手にはヘクセリウム。指先でつまんだ輝石を眺め、呟く。

「……ふうン。ずいぶん大きいわネ」

 ベネットとヴィエラが同時に声を上げる。

「な……なんですの!? 一体!?」

「シホ! まさか、コイツが例の――」

 二人の言葉にシホは黙って頷く。

「なあニ? いきなりそんな物騒なもノ、向けないで欲しいわネ」

 獣人は法器を構えるシホたちを横目でチラリとみる。

「お前は一体――何だ!」

「ヘクセリウムをどうするつもりですの!」

 ヴィエラとベネットが叫ぶように言うが、獣人は溜息交じりに頭を振る。

「焦らないデ。質問は一つずつにしてくれないかしラ? それにそんなニ、怯えなくてもいいんじゃなイ? 獲って食べたりなんてしないわヨ?」

 細い尾をくねらせながら、あざ笑うかのように女獣人は言った。

「だっ……誰が怯えてなんか!」

 ヴィエラが一歩踏み出すと同時 獣人の側らに黒い泉が湧き出し始める。一同の顔に緊張が走るが――

「ワタシは――そうネ。あなたたちがクーヴァと呼ぶモノ、その管理者といったところかしラ?」

 獣人は静かにそう言うと地中から出現したクーヴァに寄り掛かり、頭を撫でる。

 クーヴァはシホたちに襲い掛かってくるわけでもなく、おとなしく座っている。

 こんな様子のクーヴァを見るのは初めてだ。

「そうかい。っつーことはやっぱりアタシらの敵ってわけだ」

「ま……そうなっちゃうのかしらネ?」

 ヴィエラの答えに、獣人は肩をすくめてみせた。

「クーヴァの親玉とお話しが出来るなんてな、色々教えてもらういい機会だ。なんでアタシらの邪魔をする」

「あなたたちにヘクセリウムを集めさせない為、ヨ」

「それはわかってるんですの! 何故そんなことをするのかを聞いているのですっ!」

 獣人の答えにベネットが声を荒げる。

「さア……強いて言うなら、約束だから……かしらネ?」

「約束……?」

 獣人の意味深な言葉に、シホが呟く。 

「だったら……そのヘクセリウムはどうする気だ」

 その言葉には興味を示さず、ヴィエラが問う。

「もちろん、返してあげル――というわけにはいかないわネ」

「……だろうな。じゃあ最後の質問だ。お前の目的は何だ!」

「それハ――」

「余計なことを喋るな。メテオラ。そんなおしゃべりをする為に来たわけじゃないぜ」

 獣人の言葉を遮り、唐突に鉄橋の上から響く声。いつからそこにいたのか――欄干に立つ一人の影。

「お……お前……」

「これは……どういうことですの……!?」

 その姿にヴィエラとベネットが驚きの声をあげる。

 シホは……声も出なかった。

 目に映ったその魔女――無二の友の姿に。

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