★第七章★ 星を統べる者(2)
――空が白んできている。
薄紫色の流星が一筋の光を描いた。
シホが何枚目かの記録水晶――治癒魔法を使い終わる。
「――ミーティア、大丈夫?」
「ああ――さすがに右肩はまだ痛むけどな。ま、名誉の負傷ってとこだろ」
心配そうな顔で治療を続けるシホに、ミーティアはそう言って軽く笑う。
「ひとまず――終わったわネ」
傍らでその様子を見ていたメテオラが息を吐くように言った。
「ああ――しかしこれから、どうしたもんかな……」
そう言ってミーティアは周囲を見渡した。
なぎ倒された木々、砕け散った岩肌、無残に肌をさらけ出した大地。そんな景色と共に、数十人の同胞の姿が目に入った。負傷し倒れたままの者、戦意を喪失し座り込んだままの者、そして残念ながら……既に事切れている者。
各々どんな思惑があったのか、わからないが――もう争う必要も、そしてその理由も無い。
「ひとまずは一人一人治療して、話をしていくしか――」
ミーティアが言いかけたその時――
「ごほっ、ごはっ……!! ぐっ……ぐうう……」
がらがらと砕けた岩を払いながら――よろよろと……プラーネが……立ち上がった――。
「! くっ……お前、まだ……!」
「待って、ミーティア!」
法器を構え立ち上がるミーティアをシホが止める。
プラーネは肩で息をしながら、立っているのがやっとといった感じだ。むしろ生きていることが、奇跡的と言っていいような状態だった。
シホが口を開きかけたとき――
「やあ、プラーネ。大丈夫かい? せっかくシホの居場所を教えてあげたのに……こんな結果になって残念だよ」
プラーネの足元から声がした。
「グ……グレイ……! まさかあなたまでわたしを騙して……!?」
グレイの口から飛び出した事実に、シホは震えながら問い詰めるが――
「うん? 別にボクは騙していないよ。何も言わなかっただけさ」
灰汁色の猫はいつも通りに、表情一つ変えずに答えた。
「くっ……お前――!」
ミーティアが歯を噛みしめる。
「教えて……!! なぜ……なぜお母さんを裏切ったの……!」
感情を堪えながら、シホが声を絞り出すように言った。
「ふっ……ふっ、はは……裏切るも何も……それがそもそもの計画だからよ……」
げほげほと咳き込み、血煙を散らしながらもプラーネは笑った。
「奇跡の魔法の封印を解くかどうかで揉めていたハレイとステラ……それをグレイから聞かされた時に、私は考えた……」
そして投げ出すように、右足を一歩踏み出し――
「魔術書のすり替えをステラに進言し、本物を持ち出させたところで、それを白日の下に晒す事をね……」
失った右腕から垂れる血で地面を塗らし――
「これでステラとハレイは争う。混乱に乗じて私が奇跡の力を得れば文句なし。どちらかが消えればそれはそれで、私の立場は自然と上がる。どう転んでも……私がのし上がるにはリスクのない計画だ」
また一歩、左足を延ばす。
「事実、実質的に星雲長と同等の立場にはなれた――あとは『失われし魔術書』を手に入れれば計画は成就。私が星の魔女を統べる事になるはずだった……」
そしてシホを見据えながら、屈むと――
「しかし――『失われし魔術書』は
左手で深緑色に染まる魔導機を拾い上げた。
「……だが、それは奇跡など誰にも起こせないという事。絶対的な力は誰も持ちえない。私はまだ――まだ諦めない。ここは引くが――いつか必ず――」
プラーネが法器に寄り掛かるように横座りになり――グリップを握る。
法器の起動音が響き――
「なるほど。――それは考えたものですね。危うく出し抜かれるところでしたよ」
背後から声がした。反応するようにプラーネが振り返る。
「な――なぜ……なぜ、貴女がここに――」
「久しぶりですね。プラーネ」
そこには星間通信の立体映像ではなく――白銀の髪を揺らしながら、白百合色の法衣に身を包んだ本物の星女王ハレイが静かに浮遊していた。
「……ボクが呼んだのさ。プラーネ。キミじゃ『失われし魔術書』を起動できないようだしね。ボクとしてもそれじゃ――困るんだよ」
「謀ったか……! グレイ!」
プラーネが叫ぶ間に、足元の灰色の塊が蠢き、姿を変え――
「……人聞きがわるいナ。それはお互い様じゃないカ? ボクとしては直属の部下であるキミがステラを説得してくれることを期待して情報を
そう言いながら……グレイが――獣人に化した。
メテオラの丸みを帯びた女性的なプロポーションとは対照的な、細身ながら筋肉質で引き締まった男性的なラインを描く肢体。逆立った青白い銀髪と紺碧の爪を携え、灰色の肌には濃紺のラインが走っている。
「クエイザ。よく知らせてくれました」
ハレイが初めて聞く名を口にした。
クエイザ――これがグレイのもう一つの名前か。
「まあネ。そもそもはボクとキミとの契約なんだシ。当然の事をしたまでサ」
「契……約……?」
突如として現れた星女王と、グレイ――いや、クエイザの会話にシホが困惑する。
「……! クエイザ、お前、まさカ――!」
気づいたようにメテオラが声をあげた。
「やあ、久しぶりだネ。メテオラ。ステラと消えたときはどうなったかと思ったけド――数少ない同族のキミが生き残っていてくれていて何よりダ」
「チッ――お前のようなヤツが数少ない同族とハ、ワタシもつくづく運がなイ……。この一件――お前の仕業だナ……!」
メテオラが苦い顔になり、吐き捨てるように言った。
「そんな辛辣なことを言わないでもらいたいネ? ボクは願いを叶えてもらおうと思っただけサ。奇跡の力でネ」
「あなたの――願い……?」
シホがクエイザを見つめる。
「実はボクやメテオラの故郷……惑星キャトラは小惑星の衝突で、随分前に消滅してしまってネ。同族と呼べる者は死滅してしまったのサ。たまたま外星に逃れていた――一部の者を除いてはネ」
クエイザがシホに向き直ると――
「まさに絶滅の危機ってやつだヨ。そこでボクは考えタ、星の魔女に伝わる奇跡の魔法、これなら消滅した故郷を蘇らせることが出来るんじゃないか、ト」
両腕を開いてそう続けた。
「……とは言っても、サーキュバの民に伝わる至宝の力をタダで使わせてくれ、なんて土台無理だろうし、ボクはそんな理不尽な事は言わないサ」
クエイザは指を立てて、自分で否定するように振り――
「そこで一つハレイに提案させてもらったんダ。もしも奇跡の力で惑星キャトラを復活させてくれたら――」
ピタリと指を止めると――
「その暁にはボクが王となり、もともとはキャトラのノウハウだった法器の技術提供をし、更なる兵器開発に協力する、ってネ」
「サーキュバの魔法の力と、キャトラの魔導機の技術。この二つが合わされば、圧倒的な軍事力となるでしょう。そして互いの星がこの宇宙の頂に立ち、他の星々を導いていく。――理想的なウィンウィンの関係になる」
星女王が両腕を開き、天を仰いだ。
「……御大層なこったな。趣味の悪い発想で気に入らないが……」
ハレイをミーティアが一瞥する。
「だが……どうでもいい。奇跡が起こせない以上、そんなものは全て絵空事だ。そして――じきにオールトの雲も、巨大ブラックホールに飲まれて消えるんだからな」
「ブラックホール? ああ――あなたたちは信じていたのでしたね。すっかり忘れていました」
「なん……だって……?」
見下ろすように投げられた言葉に、ミーティアが絶句する。
「あれは情報操作サ。観測機がそう誤認識するようにボクがダミーデータを入れておいたんダ。ここまでみんな引っかかるとはネ」
クエイザが顎に手を当てながら言い――
「でも――まあそんな危険なものに近づいて確認しようなんて誰だって思いもしないから無理はないカ。ハレイのアイディアだけど、こんなにうまくいくとは思わなかったヨ」
納得したように笑みを見せた。
「なんで……なんでそんな事をしたんですか……」
「なぜ? ……それはしっかりあなたたちに働いてもらう為。ヘクセリウムを集め、『失われし魔術書』を見つけてもらう為、よ。必死になってね。その効果のほどは――シホ、あなたが身を以ってよくわかっているはずですよ」
愕然とした顔のシホの問いに、ハレイは微笑を浮かべ答える。
「ほとんどの人間というものは怠惰で、自分では何もしようとしないものなのですよ。だから――上に立つものが作ってやらないといけない」
星女王は憂うように溜息を漏らし――
「用意された目標、与えられた使命、ささやかな安寧、束の間の充実感……それらを求め、全てと信じ、面倒な事は考えずに、生きていける揺り籠を」
顔を伏せたのち――
「それなのに――時々いるのですよ。驕り、籠を抜け出そうとする愚か者たちが……」
周囲を見渡した。
「そうですね? プラーネ、そして――それに従った恩知らずな者たち」
そして宙に浮くハレイの足元に魔法陣が展開し――
「星女王さま! や……やめてっ……!」
「お前ら、早く逃げろッ!」
シホとミーティアが叫ぶのとほぼ同時、数多の熱線が放たれ――逃げ惑う魔女達を追尾し、次々と撃ち落とす。
ある者は執拗に熱線を浴び、ある者は悲鳴をあげる間もなく、ある者は形すら残さず――輝きを散らす。
――――。
「くっ……これほどとは……なんてヤ――」
どうにか魔力弾を逃れたプラーネが呟き、正面を見ると――
「いえいえ、こんなもの――まだまだ、ですよ」
そこには既にハレイの顔があった。
「バッ……バカな! 法器もなしに、この速度で飛行することなどッ……!!」
その言葉の通り――ハレイは法器に乗ることなく、平然とプラーネと並び宙を舞っている。
「ふふ……さて、あなたは解雇処分となるけれど――」
そう言うと、プラーネの首を掴み、顔を近づける。
「……今までの働きに免じて――最後に願いを叶えてあげるわ。餞別よ」
ハレイの吐息がかかる。
しばしプラーネは虚ろな表情のまま呻いていたが、やがて恍惚とした表情を浮かべ――
「はっ……ははっ……あははははっ! やった……! やったぞっ、あいつから――生き延びてやったぞッ……!!」
歓喜の声をあげた。ハレイの手にヘクセリウムが生成される。
「なるほど。生きること――ですか。シンプルながらも、素晴らしい願いだと思いますよ」
それを見届けたハレイは掴んでいた首を離し――落ちていくプラーネを幾多の熱線が貫いた。
「ふふ。人事考課はこんなところかしらね……さて、次は――」
そう言ってハレイはシホを見下ろした。
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