★第八章★ 永遠の箒星(5)

 身体が――重い。そして冷たい。

 虚ろに闇に撒かれた砂粒のような星々の光がシホの目に入る。

 もう――眠ってしまいたい。シホが目を閉じかける。

 …………

「ふふ。さあ――命を枯らす前に願いを見せてちょうだい」

 見下ろしながらハレイが呟く。すると――

 シホの落ちていく先に、魔力のうねりが生じ――何かを形どっていく。

 それはやがて、とんがった帽子となり――

 藤色の長い髪となり――

 刺繍の編みこまれた宇宙色の法衣となり――

 ハレイのよく知る、片時も忘れたことのない人物の姿となった。

「――やはり、願いはそれですか。シホ――」

 母の姿に気づいたシホが、弱々しく右手を伸ばし、幻覚を掴もうと死力をしぼる。

 それに応えるように幻覚ステラも手を伸ばし――愛娘を抱きかかえる。

「ふふ――母、ステラとの再会……いい夢を贈れて私も満足です。そして――」

 ハレイが手をかざし――

「私もこれで長年の怨みを晴らせるというもの! 娘の前で消えてみせるがいい……!! ――ステラっ!」

 二本の白磁の槍が放たれる。

 娘が寄り添い、母の顔を見あげた瞬間、一本がステラの頭を貫き――

 シホの瞳が絶望に染まった直後――

 もう一本の槍がシホの首を撃ち抜いた。

 幻覚ステラが醜く崩れて消え、シホが力なく漂う。

「はっ――ははは……ふははははは……! 忌まわしき母娘をまとめて貫くこの快感! 堪らないッ……あとは本当に蒼星ステラを消すだけ……!」

 その光景に、ハレイが身体を震わせる。

「『失われし魔術書』も手に入れた。やったッ……やったぞッ……! これで私は宇宙を導く存在となるのだッ! 我が願いは成就したッ……!!」

 そして手の中にある『失われし魔術書』を掲げ、狂喜の声をあげ――

 ――――。

「――ふはははは……!! は……、は……? …………。ま……待て……待てッ、何か――何かがおかしいッ! なぜ……なぜ、なぜッ……!」

 ハレイの瞳が揺らぐ。

「……なぜ、‘私’の願いが叶っているッ……!?」

 願いの光が、粒子となって――

「甘美で――」

 法器の先端へと集い――

「痛みを感じない――」

 陣に包まれ収束すると――

「約束された――」

 巨大な星型の輝石となって――

「偽りの幸福の味は――」

 シホの手に収まった。

「どうだった? 間抜けな星女王さま!」

 ハレイに見せた夢から帰還し、シホが法器を構える。

「ゆ……夢!? 幻を見せられていただとッ! 一体……一体いつからッ……!?」


『接近してあたしらの最大の魔法をかませば勝機はあるはずだ』

 …………

 グリップを握りしめた手から血を垂らしながらシホが疾走し、ついにハレイの前へとたどり着く。慣性に身を任せシホが法器から飛び降り――

 しばし――至近で視線が交差する。


 ――――!

「きっ、貴様――あの時にっ……!!」

 ハレイの手の中から『失われし魔術書』が霧のように消失した。

 シホがヘクセリウムを掲げる。輝石が分解され、数多の虹色の光の帯となり、白金の法器へと流れ込んでいく。

 法器の表面に魔力がほとばしり、幾何学の血脈のようにラインを描き――

 原子を震わせる呻りをあげ――

 その力を解放する――!

「くッ――シホ……貴様、スター・バスターの力をっ……!」

 ハレイが身を反らし、白き巨人の顔に光が集う。

 シホの構えた白金の法器が、先端に幾重もの魔法陣を描く。

 純白の魔法陣が宿り――

 ――シホお姉ちゃん、がんばって!

 紺碧の魔法陣が宿り――

 ――シホ、ここが踏ん張りどころだ。しっかりな!

 黄金の魔法陣が宿り――

 ――シホ、今こそ宇宙を救うときですわ!

 山吹の魔法陣が宿り――

 ――シホちゃん、大丈夫、勇気を信じて。

 真朱の魔法陣が宿り――

 ――さあ、派手に決めようぜ! シホ!

「これが――わたしたちの希望――お願い……届いて!!」

 シホが想いを込め、法器が光を放つ。

 魔力が陣を捉え、うねり、増幅し、拡散し、更にうねり――

 五色の希望ねがいを纏い、『凶星を堕とす者スター・バスター』が極大の波動を吐く――

 虹色の光が闇を払い、白き魔王へと突き進む!

「シホ――忌まわしき落とし子……! 塵となり消滅するがいい……!!」

 巨人が叫びをあげ、これを『希望を消し去る者コズミック・イレイザー』が無慈悲な熱線で迎え撃つ!

 …………

 分子を破壊し、原子を震わせる奔流が激突し――

 宇宙を軋ませる――――!!

「はああああああああッ……!」

「ぬああああああああッ……!」

 二人の魔女の魂が叫び、魔力がうねる。

 そして――

「――くっ……ぐうううううっ……!!」

 僅かずつ――僅かずつ虹色の波動が後退し、白金の法器が悲鳴を上げる。

 シホの手が、骨が、筋腱が、髄が、五臓が、躰が震え、異音を刻む。

「……ふっ、ふははははは――! ゴミ同然の分際で……この星女王を堕とせると少しでも思ったか……!!」

 ハレイが両手を掲げ、更なる魔力を放出し――

「……ホ、シ――。……シホ――、シホ……」

 誰かが――呼んでる。わたしのこと。でも――もう……

 かろうじて踏ん張るシホの目の前に、白金の階級章が舞い降りる。

 そして――

 懐かしい、心落ち着く香りに包まれた。

 藤色の長い髪が頬にあたる。

 背中の方から、刺繍のついた宇宙色の装束がなびいているのが見えた。

 見上げると、大きなツバのとんがり帽子。そしてその下から覗く――

 ――忘れるはずもない、その強く優しい瞳と目が合った。

「……お母さん――!」

「バ……バカな……。ステラ――!」

 シホが、ハレイが驚嘆の声をあげる。

「――ありがとう、シホ。お母さんの言葉を忘れないでいてくれて」

 ステラが耳元で囁き、優しく微笑んだ。

「お母さん――わたし……わたし……っ」

 シホが涙を浮かべ、何かを伝えようとするが――言葉にならない。

「――何があっても、私はあなたの味方。そして――お母さんも、後悔のない生き方を選ぶわ」

 落ち着かせるように頷くと、ステラはシホに手を添え、共に法器を構える。

 ――――。

「ステラ……ステラステラステラ、ステラァーーーーーーーーッ! 貴様だけは許さぬ……母娘共々、消え失せろォォォォーッ!」

 ハレイが鬼神の如き叫びをあげ、魔力を込める。巨人が揺らぎ、轟音と共に熱線の威力を上げる。

「――シホ。大切な仲間たちの、蒼星の全ての人の、そして宇宙の。希望を、願いを私たちで叶えましょう――!」

 地球ガイアから陽炎のように、虹色の光が立ち上り、ステラへと集まり――

 白金の法器の吐き出す光が輝きを増す!

「これが――わたしたちの、星の魔女のあるべき姿! 消えるのはあなたの方――魔女王クイン・ハレイ!」

 虹色の波動が、死を撒く熱線を打ち破り――

「なッ――なにいィィィーッ!! こ……こんな、バ……バカなッ! バカなァァァーッ……!!」

 白き魔女王の頭を撃ち抜く!

 巨人が崩れ落ち――砕けた白磁のように塵となり、散っていく。

 やがて――虹色の奔流は霧となり――銀河に溶けるように……消えた。

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