★第六章★ 真実(6)

「……まだ破れないのかしら?」

 岩肌――に偽装された魔法陣を破ろうと、魔法弾による砲撃を続ける数人の魔女に、プラーネはやや苛立ち気味に言った。

 洞窟の入り口を塞ぐそれは強固で、未だ崩壊の兆しも見られない。

「――もういいわ。どきなさい」

 業を煮やしたプラーネが踏み出そうとしたその時――

 突如、魔法陣が消え――ぽっかりと口を開けた洞窟から、赤い閃光が走った。

 ばら撒くように放たれたそれは、次々と周辺の魔女を貫く。

「くっ――!?」

 顔を反らし、プラーネが最小限の動きで一筋の光を避けると――

 法器に乗り、ハンドガンを構えたミーティアが爆音と共に奈落から姿を現す。

 ミーティアは一気に加速し、小型法器と本体前部の主砲から火を噴くように魔法を放ちながら、辺りを疾走する。更に数人の魔女が撃ち抜かれ、力なく崩れ落ちた。

 それを見届け、機体を滑らせながら停止するミーティア。

 すかさず残りの魔女たちが取り囲む……がその外周の地面が黒く揺らぎ――地中から幾多の獣が出現する。あるものは足に喰い付き、魔女を闇へと引きずり込み、あるものはその巨躯で華奢な魔女をなぎ倒し、またあるものは空を舞い、宙へと逃れた魔女を追撃する。

「雑魚はワタシたちに任せテ――ミーティア!」

 次々とクーヴァを召喚しながらメテオラが叫ぶ。

「頼むぜ……!」

 ミーティアは頷き、馬でも駆るように機首を上げ、高度を稼ぎ――急降下。一気にプラーネに向かって上空から疾走する。そして法器を構え、標的へと閃光を放つ。

 プラーネはそれを避けるわけでもなく――瞬時に濃緑の光を抜剣し、弾き、払い落とす。

 ミーティアはスロットルを絞り――構わずプラーネに迫る。

「あら……向かってくるのね? ふふ――面白い」

 プラーネの右手が閃く。機上のミーティアを薙ぎ払わんと、濃緑の熱線が迫るも――

 ミーティアは法器を離し、プラーネを飛び越えるように宙へと舞う。

 振り抜かれたプラーネの右手が空を斬り――

 ミーティアは逆さまに映る標的を狙いトリガーを引く。

 正確なヘッドショットが脳漿を散らす――

 事はなく、振り抜き様に身体を捻り、更に速度を増したプラーネの切先が熱線を打ち落とした。

 法器を掴み、体勢を立て直しながら着地するミーティアをプラーネが一瞥する。

「ふうん……なかなかの曲芸じゃない」

「ちっ……さすがにそう簡単には当たらないか……」

 プラーネは正面に向き直り――ちらりと洞窟を見る。

「ところで――シホはどこかしら? まだその中に居るといいのだけれど」

「今は面会謝絶でね。あたしがこうやって丁重にお断りに来たってわけだ」

「あら、そう。大分具合が悪いのかしらね。心配だわ」

 ミーティアの答えに、白々しくプラーネが返す。

「……お蔭でな。そんなわけでご足労頂いたところ悪いが……お帰り願おうか。じゃないと――他の芸も観なくちゃいけなくなるぜ?」

 ミーティアは二つの法器を見せびらかすように、両手を開く。

「大道芸を観に来たわけじゃないのだけれど……もしかしてお捻りをご所望かしら? ふふ。いいわよ、遠慮なく――」

 プラーネはゆらり、と刃を構えると――

「受け取りなさい――!」

 魔力を込め、振り抜いた。

 刃となっていた熱線が、その圧で三日月のような衝撃波となり襲い掛かる。

「――!」

 ミーティアが横に飛び、避ける。

 斬撃は鋭い風音と共に、その先にある木々を容易く切断した。

 プラーネは手首を返し、新たに宿った刃を再び放ち――空中に‘∞’を描くように斬撃を放ち続ける。

 ミーティアが転がりながら射撃で応戦するも……その弾丸ごと斬り裂き、輝く刃が殺到する。自分の攻撃は当たらない上に、音速の如き速さで迫る巨大な波動――避けるのも精一杯だ。

 防戦を強いられるミーティアを見て、楽しむように口を歪めるプラーネ。

 ――と、突如、刃を振るう右手の動きが変化を見せる。

「! くっ……!?」

 急遽タイミングをずらした攻撃に、ミーティアが動きをとめ――寸でのところで自身の左右を巨大な斬撃が通り抜けた。左頬と右腕をかすめ、血が滲み、じわりと垂れる。

 あと数センチどちらかにズレていただけで、致命的な傷になっていただろう。息を切らせながら、ミーティアは肝を冷やす。

「演目はお終いかしら? もう少しいろんな芸を見せて欲しかったわ。間抜けな道化師さん」

 物欲しげに唇を弄びながら、プラーネが残忍な笑みを浮かべる。

「はっ……なら――見せてやるぜ。種も仕掛けも無い――とっておきをな……!」

 ミーティアはシホから受け取ったヘクセリウムを取り出し――

「…………?」

「頼む、力を借してくれ――ヴィエラ……!!」

 胸の前へと掲げる。ヘクセリウムが分解され、数多の蒼い光の帯となり右手の小型法器へと流れ込んでいく。そして――

 ミーティアの法器から吹き出す紅い魔力に、蒼い魔力が混ざり合い――

「な……何ですって……!?」

 紫炎に輝く剣と化す――!

 ぐぉん――という音と共にミーティアが軽く右手を回す。

接近戦チャンバラはあまり好きじゃないんだがな……。行くぜ……プラーネ!」

「ふっ……ふふ……いい――いいわ。最高に楽しいショーになりそうね……ミーティア!」

 二人が同時に地を蹴り――間合いが詰まる。

「――おおおおっ!」

「――はあああっ!」

 互いの熱線が交差する。闇夜に二つの光が軌跡を描き、幾度となく激突し、火花を散らす。焼けるような濁音を響かせながら、刃と刃がぶつかり、弾け、そしてり合う。

「お礼に解体ショーをお見せするわ! そう……あなたの身体でね!」

「生憎、道化ではあっても手品師じゃないんでね。……そいつは遠慮しとくぜ!」

 十字に交わる光を挟み、悪魔と道化の言葉が反発した。

 ミーティアが十字を支点に宙を舞い、プラーネの背後へと回り込む。

 左側頭部を目がけ、ミーティアは右手を振り抜くが――

 プラーネが回転しながら身体を伏せる。紫炎が闇夜を塗り潰し――

 向き直った悪魔がミーティアの胴を薙ぎ払いにかかる。

「ちっ――!」

 ミーティアが上体を反らし、凶刃を避ける。

 長い髪が舞い――逃げ遅れた幾本かの朱が濃緑の渦に飲まれ瞬時に消滅した。

 体勢を崩しつつも踏ん張ったミーティアに、容赦のない追撃が迫る。

「――! ……くッ!!」

 プラーネが放ち続ける高速の突き。ミーティアは切先を弾き続け、かろうじて致命傷を避けるが、捌ききれなかった攻撃が身体を掠め生傷を刻んでいく。

「ふふ――少しずつ削っていくこの感覚――堪らないわ」

 プラーネが剣速をあげ――

 ついにミーティアの腕が弾かれる。

「――!」

「まずは一太刀――! 頂くわ……ミーティア!」

 歓喜の表情を浮かべ、プラーネが刃を振るう。

 刃がミーティアを捉え、胸を斬り裂く――かと思われた瞬間、地中から出現したクーヴァがこれを受け、身代わりとなる。

「ちっ――」

 プラーネが舌を打ち、霧と化す獣を見届けると――

 そこに居るはずのミーティアの姿がない。

「消えた!? 一体どこに――」

 すばやく周囲を見回し、上を見上げるが、その姿を捉えることはない。

 と、足元の地面が黒く揺らぎ――

「! しまっ――」

「……下だぜ! プラーネ!」

 湧き出した黒い泉から道化師が躍り出る。

 振り上げた紫炎の刃がついに悪魔を捉え――

「がっ――はぁぁ……ッ!!」

 胸を焼き斬り、鮮血を散らしながら宙に舞いあげる。

 プラーネはしばし滞空し――どさり、と落ちた。

「……悪いな。結局手品になっちまったぜ……!」

 息を荒げながら、ミーティアが言い放つ。

 ぴくり、とプラーネの指が動いた。そして――

「ぐっ……ぐううううっ! お、おのれ……おのれッ……!! 貴様……絶対に、絶対に許さんぞ……ッ! バラバラにして殺してやるッ……!」

 怨嗟の言葉を吐きながら、膝をつき、立ち上がろうと身体を震わせる。

 浅かったか――

「身を引いて致命傷を避けたか――だが、もう終わりだぜ。プラーネ」

 ミーティアが刃を向けると同時に――

「プラーネ様っ!」

 一人の魔女が間に割って入った。ミーティアが怯んだ瞬間――

 あろうことか魔女の口から――

 濃緑の熱線が飛び出した。

「なっ――!?」

 ミーティアが反応する間もなく、刃が右肩を貫いていた。

「ぐあああッ……!!」

 苦悶の声と共に手から法器がこぼれ落ちる。

「――ふっ……ふふふふふふふッ!! ははははははッ――! 形勢逆転ね……!! ミーティア……!」

 頭を貫いた魔女を捨てるように払い、プラーネがふらふらと立ち上がる。

「ぐっ……お前っ――なんて真似を……」

 うずくまったミーティアが法器へと左手を伸ばすが……それよりも早くプラーネが脇腹を抉るように蹴り飛ばす。

「――! が……ッ!」

 ミーティアが吹き飛び、地を這ったまま、ごほごほと息を詰まらせる。

 月明かりが遮られ、影を落とす。ミーティアが見上げると――

「さあ――最後の演目よ。約束通り、解体ショーを見せてあげるわ……!」

 醜く歪んだ笑顔と、ゆっくりと振り上げられた刃が映った。

 やがて……濃緑の光が迫り――

「そんな……ミーティアっ――!」

 悲鳴のようなメテオラの声が森を震わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る