★第三章★ 予期せぬ再会(2)

「今後の方針については、少し考えさせてくれ。それじゃ、お疲れ」

「わかりましたわ、ではお二人ともまた明日。御機嫌ようですの」

 ヴィエラとベネットが言い残し、各々の‘家’へと帰宅していく。

 最後に残ったシホは休憩所から少し離れたところへ移動する。見下ろすと遠くには住宅街の灯りが見えた。

 シホはとんがり帽子を外し、両手で正面に持つと目を閉じる。

 やがて帽子の穴の中に魔法陣が広がるように現れると――シホは帽子をぐい、と押し広げてその中へと身を滑り込ませた。

 …………

 そこはいつも通りの、見慣れた空間だった。

 正面には大きな出窓があり、右の壁際には奮発して買った天蓋付きのベッドが見える。反対側の壁には四段の本棚と、魔導具用の収納棚などが並ぶ。部屋の中央には、ふかふかの丸い絨毯が敷かれ、その上に小テーブルが乗っかっていた。

 その涼しげな色の天板を見て、いい加減コタツに変えなきゃな、と何気なくシホは思った。

 帽子をぐいん、と引っ張り込む。自然と魔法陣が消滅し、‘外’との扉が閉じる。帰宅完了だ。

 ここがシホの携帯住居ポータブルハウス。つまるところ自宅である。

 間取りはワンルームタイプで、シホの後ろに延びる廊下の先には洗面所とバスルーム。あとはクローゼットがあるだけだ。玄関は無い。帽子の口に展開する魔法陣が唯一の出入口である。

 この持ち運び可能な住居だが、全く別の違う場所に存在していて、魔法陣を通じそこにワープしている……わけではない。

 外界――‘表’の世界から認識できないだけであって、間違いなくそこに存在している。そこに‘在る’のだが、それは‘裏’なので‘表’からは認識できないだけである。

 これを説明するのは難しい。例えるなら、正面からでは物陰にあるものが見えない、というのと同じ感覚といえば伝わるだろうか。その証拠に、窓からの眺望は先ほど‘外’でシホが目にしたものと一切変わりがない。

 いつもならシャワーを浴びて、音楽を聴いたりとプライベートを満喫するシホだが、今日に限ってはそんな気分になれなかった。法器を壁に立てかけ、ポールハンガーに帽子とマントを掛けると、そのままうつ伏せにぽさり、とベッドに身を投げた。

 白い壁紙をぼんやりと見つめながら、先ほど聞いた話に思いふける。


 ミーティアと初めて会ったのは、母がいなくなった少し後。星の魔女養成機関に併設されていた養護施設でのことだ。そこは身寄りのない子供たちが共同生活をしながら、星の魔女として必要な知識や技術を学ぶ場所で、子供たちは一五〇歳~一六〇歳を目途に修了試験を経て星の魔女として巣立っていくのが通例だった。

 ここでの生活にはなじめなかった。

 それには星雲長という立場の母の事もあったのかもしれない。

 周囲から良くも悪くも距離を置かれている事に気がつくのに、さほど時間は要らなかった。おとなしく引っ込み思案な性格の自分が、ほとんどの時間を一人で過ごすようになったのは当たり前の事だったと思う。

 そんな日常を変えるきっかけになったのが、ミーティアだ。

 今思うと、似た者同士だったのかもしれない。

 気が強くて意地っ張りな性格のミーティアはトラブルも多く、周囲から敬遠されている孤立した存在だった。

 …………

 子供の悪戯心というものは、時に残酷な物に変異する。

 その事件は魔術書作成の授業で起きた。

 各自で簡単な魔法術式を組み、専用の水晶盤に転写した魔術書を提出しているときの事。

 とある一人の生徒が提出に向かうシホに足を掛けたのだ。シホは転び、手からこぼれた魔術書は床に落ち、砕けてしまった。

 呆然と座り込むシホを、他の生徒が遠巻きに見ている中、ただ一人ミーティアだけが近づいてきた。彼女はシホに自分の作った魔術書をこっそり渡すと、足を掛けた子の魔術書を取り上げ、床に叩き付けて砕き――教室から出ていってしまった。

 後でシホはお礼を言ったが、ミーティアは何も答えなかった。

 それでも、これを機に二人で過ごすことが増えていったのは間違いない。

 シホは少し積極的になり、ミーティアは少し穏やかになった。

 つられるように周囲も徐々に変化を見せ……いつしか日常は輝きのあるものに変貌を遂げていた。

 七つ年上のミーティアが、シホより一足先に修了試験を経て養成機関を去るまでの間。

 それはシホの人生にとって、かけがえのない時間だ。

 シホが半生を共に過ごしてきた第二の家族であり、無二の親友。

 それが――ミーティアだ。


 そのミーティアが蒼星に配属され、そしてヴィエラの下で働いていた。

 ミーティアの実力は認められ、みるみるうちに三等星級まで昇格したそうだ。優秀な彼女に誰もが将来を期待していたが――

 これからは一人で好きにやらせてもらう、という通信を最後にミーティアはヴィエラたちの前から姿を消した。

 そして――その補充要員として蒼星に配属された魔女。それがシホ――自分だった。

「ミーティア……一体――どこに行っちゃったの……」

 シホは寝返りをうち、窓の向こうを見る。

 月は厚い雲に隠され、夜は暗かった。

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