★第一章★ 星の魔女(8)

 間もなく。あたりは本来の静けさを取り戻していた。

 シホはレイナに駆け寄る。

「レイナちゃん、大丈夫!? ケガとかしてない?」

「……ううん、だいじょぶだよ! 少し怖かったけど、シホお姉ちゃんが守ってくれたもん!」

 気丈にもレイナは笑って見せた。その笑顔には心配そうな顔のシホに対しての気遣いも多分に含まれているのだろう。

 ほんとに優しくて……強い子だ。

 とにもかくにも、無事で何よりだった。シホは胸を撫でおろす。

「レイナ、レイちゃーん!」

 遠くから女性の声がした。

「あっ……カナエおばあちゃんだ!」

 レイナの視線の先には、片割れの手袋を手に、こちらへと駆け寄ってくる老婆の姿。

 その時、レイナの前に漂っていた光球が輝き――一瞬、世界を白く照らす。

 光の球が弾けて粒子となり、きらきらと輝きながら宙を舞うと、次第にシホの法器の先端へと集う。法器が起動し、それを取り囲むように三つの魔法陣が浮かびあがった。

 陣は粒子を包み込むように収束すると、強く光を発して消え――そこには代わりに小さな金平糖ほどのサイズの宝石が浮かぶ。星型を立体的に組み合わせたような形のそれはゆっくりと螺旋を描いて宙を舞うと――シホの手のひらへと収まった。

「レイちゃん!! 良かった……ばあちゃん心配したんだよ、ほんとにもう――」

 駆け寄ってきた老婆がレイナの手を包み込むように握る。

「あっ! あたしのてぶくろ!」

 その手に握られていた片割れの手袋に気づき、レイナが歓喜の声をあげた。

 そんな孫娘にカナエは、落ち着いた声で、強く、ゆっくりと言い聞かせるように言う。

「今度からこんな時間に一人でお外を出歩いてはだめ、いいかい?」

「……うん……ごめんなさい。――でもね、シホお姉ちゃんがここまで送ってくれたから平気だったよ。ねっ!」

 祖母に心配をかけてしまったことに、反省の色を見せてそう言ってから、レイナはシホの顔を見た。

「まあまあ。それは――本当にありがとうね」

 カナエが立ち上がり、微笑むと、深々と頭を下げる。

「あっ、そんな。わたしは当然のことをしたまでで……気にしないでください。でもレイナちゃんが無事でほんと、良かったです――」

 シホもペコリとお辞儀をした。自分こそレイナが飛び出してきてしまったことの原因であることに若干の罪悪感を覚えつつ。

 …………

「またね、シホお姉ちゃん!」

 カナエと手を繋ぎ、桃色の手袋に包まれたちっちゃな手をぶんぶんと振りながら帰っていくレイナを、シホも手を振り見送っていた。

 ――と。その姿が見えなくなった頃。

「よっ、いきなりのお手柄だったねー」

 後ろから声がした。先ほどシホを救ったフルスイング魔女だ。ボーイッシュなベリーショートの青い髪。ツバの反り返ったとんがり帽子を指でついっ、と上げて笑う。

 動きに合わせ、ショート丈のタンクトップに包まれた弾けんばかりの豊かな胸が揺れた。

 それとは対照的にベルトを巻きつけたウエストは細い。隙間にちらりとおへそを覗かせながら、ふっくらとした臀部の曲線を描くホットパンツからはしなやかで引き締まった脚が延び、ロングブーツへと収まっていた。

 出るとこは出て、締るところは締った理想的、かつ頑健そうな肉体美の持ち主。

 青のタンクトップにホットパンツを白いマントで包んだその出で立ちは、さながらカウガールのような印象だ。

「ええっと……さっきはありがとうございました。その……」

「ん? あ、悪い悪い。自己紹介がまだだったね。アタシはヴィエラ。プラーネ星団で一応教育係やってる」

「あっ! わっ、わたし、本日からプラーネ星団に配属となったシホっていいますっ! よっ、よろしくお願いします、ヴィエラ先輩!」

「あー、そんな畏まらなくていいって。そういうの苦手なんだ。ヴィエラでいいよ」

 そう言うと、ヴィエラは手を振り、豪快に笑った。

「えっ――いやでもっ……そういうわけにはっ! わたしって、やっと星の魔女になったばかりの新人ですしっ! やっぱり先輩後輩での礼儀はちゃんとしっかりとっ……」

 生真面目なシホが必死に食い下がる。シホの様子を見たヴィエラはしばし思案して――

「んー。そんじゃ、これは先輩命令ってことで。よろしくシホ」

「うぇっ……!?」

 反論の余地を失ったシホを見て、ヴィエラはにっ、と笑う。

「……ま、後々きっとこれで良かったって思うさ」

 ……? ヴィエラの言っている事の意味がわからず、シホは不思議そうに首を傾げる。

「にしても、すっげえ法器捌きだねー。あれだけ自在に飛び回れるやつ見たのはアタシも初めてだよ」

「あっ、はは……それだけは良く褒められるんですけど。でも他がからっきしで。さっきも……危ういとこでした」

「んなことないさ、最後にコケたのさえなけりゃシホだけでも余裕だったって。今後も期待してるぜ」

「えへへ……次は転ばないように。がんばります」

 照れ隠しにシホは笑った。

「さーって、んじゃ行くとすっか。我らが星団長さまがお待ちかねだ。初手柄の報告もしなくちゃだし、な」

 …………

 シホの手の中で小さな石が輝きを放っていた。

 輝石の名は――ヘクセリウム。

 迫りつつある脅威から宇宙を救う、最後の希望。そのひとつ。

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