★第八章★ 永遠の箒星(8)

 冷えたココアは、すっきりとした甘さ。涸れたものを満たしてくれる。

 公園のベンチに座り、遅くなった夕暮れを眺めながら、シホは最後の一口を飲み干した。

 隣りではアビスが丸くなり、残る陽光を浴びて欠伸をする。

 揺れ動くことのない遊具の向こう、遊歩道沿いの木々には、薄紅の兆しが感じられる。

 柔らかな風に木々が揺れた。

「シホ、そろそろ時間よ。行きましょう――」

 アビスが静かにそう言い、シホが立ち上がる。

 からんからん、と側らのごみ箱が惜しむように鳴いた。

 …………

 周囲の針葉樹を眺めながら登山道を進んでいく。

 左右にぽつりぽつりと並ぶ街灯はまだ灯ることなく、静かにシホを見つめていた。

 踏みしめた砂利が、その背を見送るように手を打ち続ける。

 ときどき現れる急斜面では、階段代わりの木板が哀歌を謡う。

 ――汗が滲んだ。

 そして――十五分ほどかかり、ようやく山頂に到着する。

 振り返り、景色を望む。

 夕闇に包まれた空の下、遠くにはぽつりぽつりと灯りを灯す住宅街が見える。

 そして天には、正三角を描く星の輝きが宿っていた。

 それを見届け、シホは山頂の休憩所へと向かう。

 …………

 扉を開け――

 ひんやりとした空気と、ほのかな木の香りを浴びながら中に入る。

 正面のテーブルの前へと進み、買ったばかりのココアの缶を置く。

 軟らかな硬音が部屋に響いた。

 しばらく、それを見つめた後――僅かに表情を和らげ、シホは休憩所を後にする。

 再び扉を潜る、と――

「おっ、シホ、やっと来たな。もういいのか?」

「遅いですわよ! シホ! もうとっくに約束の時間は過ぎてますの!」

「はっ、おっせーぞ。もう置いてくところだったぜ。シホ」

 ヴィエラが、ベネットが、そしてミーティアがシホを迎えた。

「えへへ……。ごめん、みんな。ほら、つい……ね?」

 シホが頭を掻きながら、てへっ、と舌を出して笑う。

「……だから言ったじゃない。山頂まで歩くなんてやめときなさいって」

 見た事か、とばかりにアビスが溜息交じりに言った。

 …………

 かたん――と音を立て、テーブルの上が空になる。

「よっし。んじゃ、行くとすっかー」

「久々の星間飛行ですの、お肌が荒れなきゃいいのですけれど……」

「シホ、居眠りしてはぐれても知らねーからな」

 三人は空へと飛び立つ。

「あっ、ちょっと! みんな待ってってばー!」

 シホも慌てて法器を跨ぎ――その先端にアビスがちょこんと飛び乗る。

 グリップが絞られ、エンジンノズルが青白く輝く。

 三人に続きシホも空へと舞い――

 ふと、振り返る。

 遠ざかる山頂。休憩所の傍らには――優しくシホを見送るステラの姿が見えた――気がした。

「――また、いつか……きっと。会いに来るね。お母さん」

 次第に――母なる地球ほしが遠ざかっていく。

 シホは宇宙そらを見上げ、もう一度強く――グリップを握る。


「みてみてーっ! お星さま! お星さまがお空に飛んでいくよ!」

 満月が明るく照らす夜空を見上げたまま、少女ははしゃいだ声を上げた。

 青白い尾を描きながら夜空を上る四筋の光芒。 

 しばしその幻想的な光景に少女の心は釘づけになっていたが――

「おやおや――まあ、とても綺麗ねえ、ほら早く――」

 カナエがにっこりと笑い、その顔を見ると――

「うんっ! ねえねえーっ、はやくはやくーっ。みてみてーっ、おかあさーん!」

 レイナは慌てて部屋を飛び出していった。

 その姿にカナエは微笑み――手の中の水晶盤を見る。

「ありがとう――シホちゃん。そして――ステラ……お姉ちゃん」

 ――――――――。

 天へと上る箒星。

 その伝説は、語り継がれていくでしょう。

 いつまでも、いつまでも。

 永遠に――永遠に。

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永遠の箒星(とわ の ほうきぼし) ― star witch’s story ― 破魔 恭行 @kyotaro_masutaka

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