★第三章★ 予期せぬ再会(7)
今日のココアはあまり甘くない。それに少し粉っぽい気がした。
公園のベンチに一人、シホは頭上に輝く日の光を浴びながら、ミーティアから渡された水晶盤――通信魔法が刻まれた魔術書を見つめていた。
これを手渡したあの時、ミーティアはこう言った。
――シホ。お前だけは特別だ。……待ってるぜ。
きっと二人きりで話をする必要があったんだろう。だからこれを――
「あら、シホちゃん。こんな時間にめずらしいわねえ」
ふいに背中から声がかかる。振り向くと、いつも通りに太陽のような色のカーディガンを纏ったカナエの笑顔。
少し後に、シホも優しく微笑んだ。
…………
「――うん、大切な友達なの」
隣ではシホの話を聞きながらカナエが編み物に興じている。
「だからきっと何か理由があると思うの。でも……そう考えると本当に説得できるのか、不安になっちゃって」
ハレイの計らいにより、シホはどうにか友を救うチャンスを得た。
それにも関わらず、いざミーティアと話すときの事を考え出すと、自信が揺らぐ。
そのせいで昨日もあまり眠れなかった。
「シホちゃんはお友達が間違っていると思っているのかい?」
カナエは鉤針を持つ手を休める事なく訊ねる。
「本当は……よくわからないの。でも、このままじゃいろんな人に迷惑を掛けることになるのは……間違いないと思う」
今ならきっと間に合う。でも、このままだときっと……
「シホちゃんは編み物をしたこと、あるかい?」
唐突なカナエの問いかけに、不思議そうな顔で、ううん、とシホは首を振る。
「編み物はね、糸が少しずつ、少しずついろんな道を通って、そしてだんだんと出来ていくの」
へえ、とシホはココアを一口含む。
「いろんな糸と交わって、支え合って、繋がって、どんな形にだってなれる」
言いながらカナエは鉤針を回し、毛糸を裏から返す。
「人もね……同じ。少しずつ少しずつ、いろんな人と出会って、いろんな経験をして、だんだんと出来ていく」
シホの右手がポケットの中の水晶盤に触れた。ひんやりとした感触が指先に伝わってくる。
「そしてね、あたしが人と編み物が一番似てると思うのは、やり直せること」
休むことなくカナエの手が動く。糸が紡がれ、形あるものに変わっていく。
「編み物をしていて、間違えたらね、ほどいて正しい形に編み直すの」
シホは右手を握る。円盤が僅かに熱を帯びた気がした。
「当然、やり直すのは大変なこともある。でもね、間違いに気づいた時に、面倒だからと放っておいてはだめ。もっと間違った形になっていくからね」
そう言うとカナエは少し首を傾げ、自分で右肩を軽く叩く。
「間違うことはね、誰にでもあることさ。大切なのは間違いに気が付いて、そしてやり直す事。その勇気を持つこと」
はっ、としたようにシホが顔を上げ、カナエの横顔を見る。
「お友達は間違ったのかもしれない。でも気づけてないだけ。もしシホちゃんがそう気づいたんだったら、勇気をだして間違いを正せばいい。そしてシホちゃんも、もし説得を間違ったら、またやり直せばいい」
カナエは手を休めたままシホの顔を見つめた。
「これは人が編み物と違うところだねえ。自分では気づけない間違いも、他の誰かが気づいて直してあげられる。それがね、人の素晴らしいところ」
――――。
カナエは黙々と鉤針を動かし続けている。隣りでシホは黙っていたが、やがて――
「――ありがとう、おばあちゃん。わたし行ってくるね」
シホは立ち上がるとココアを飲み干す。最後の一口。大丈夫だ。甘い。
かん、と側らのごみ箱が力強く鳴いた。
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