★第四章★ 決意(2)

 夜が更けると共に雨足は強まり、シホが山頂に着いた頃にはすっかりどしゃ降りになっていた。

 休憩所の濡れた窓から見える景色は歪み、注ぐ雨に森は戦慄いている。

「そうですか。説得は失敗だったようですね」

「……申し訳ありません。星女王さま」

 うなだれたままシホが言った。ずぶ濡れのシホの周囲には水が滴り、コンクリート床を暗く変色させていた。

「もしや、と期待していたのですが……残念です」

「やはり……蒼星の全魔女にミーティアの捕獲令を発令するしかないようですね」

 消沈した様子を見せるハレイに、プラーネが言う。

「……待ってください」

 シホが静かに、しっかりとした声で言った。

「まだ……何か? このままミーティアを放っておくわけにはいかない、もうあなたも十分理解したはずよ、シホ。これ以上彼女をかばって、本当に私たち星の魔女の使命に支障をきたしたら、あなたはどう責任を取るつもりなの?」

 腕を組んだまま、プラーネがシホを見つめる。

「ミーティアをかばうつもりも……放っておくつもりもありません。……ただ、その役目はわたしにやらせて欲しいんです」

 真直ぐと見つめ返すシホに、プラーネはどうしたものか、とハレイを見る。

 プラーネの視線を受け、ハレイが口を開く。

「シホ、あなたは今回の失敗の理由をどう考えますか?」

「ミーティアを説得できなかったのは……連れ戻すことができなかった原因は、わたしの力不足です」

 迷うことなく、シホが答える。

「では……どうするの? 再びあなたが彼女に挑んだところで、結果は同じじゃないかしら?」

 プラーネが当然の疑問を投げかける。シホの答えは決まっていた。

「だから力をつけます。自分の理想を実現できるだけの力を。これまで以上にクーヴァとの実戦をこなして……」

「実戦経験を積む事が成長への早道なのは確かです。しかし、あなたたちは既に十分に任務をこなしているのではありませんか? これ以上どうやってその機会を増やすと?」

 シホの答えに対し、更にハレイが問う。

「……いいえ。わたしたちヴィエラ星群では‘質’と‘量’の日分け制で任務をしています。だから……質に絞って任務をこなせば、より過酷な状況で実戦経験を積めます」

「な……何を言ってますの! シホ……!!」

「おいっシホ……! お前っ……」

 唐突なシホの告白に、ベネットとヴィエラが腰を浮かす。

「……ごめん、ヴィエラ、ベネット。でもね……わたしは強くなりたいの。その為に必要なことならするって、もう決めたの」

 シホが二人に向き直る。その顔は泣いているようにも、微笑んでいるようにも見えた。どこか悲しげな……決意の顔だった。

「…………」

「…………」

 その表情にヴィエラとベネットは黙り込んでしまう。

「なるほど、ね。そういう事なら確かに余地はありそうね」

 プラーネはちらり、とヴィエラを見た。

「う……いや、これはモチベーション管理の一環でもあって……な、勘弁してくれよ、星団長」

 ヴィエラはプラーネから視線をずらしつつ取り繕う。

「でも……星群の方針はこのままでやらせてください。ヴィエラの方針のおかげでヘクセリウムの確保量が上がったのは事実です。付き合わせて、二人に迷惑を掛けたくはありません。わたしだけが質に絞って任務をこなします」

 ヴィエラをフォローするようにシホが付け加えた。

「星の魔女の使命の為――そして星女王さまの為に尽くします。だから、わたしのわがままを、どうか聞いてはもらえませんか」

 そう言ってシホは頭を下げる。

 ハレイは黙考し――やがて口を開いた。

「プラーネ星団長、あなたはどう考えますか?」

「……正直、ミーティアと十分に渡り合える魔女は蒼星にはほとんど居ないのが現状です。そういう意味でシホに力をつけてもらう事は有効な手だとは思います。また、ミーティアには違う目的があるようですから無理に追いつめず、然るべき準備を整えてから、というのも悪くはないかと考えます」

 プラーネの意見にハレイが頷く。

「私も同じ考えです。それにミーティアは『失われし魔術書』の在り処についてなにか情報を掴んでいるかもしれません。確実に連れ戻す事を優先すべきでしょう」

 結論は出たようだ。

「では――本当に良いのですね、シホ?」

 確認するようにハレイがシホに問う。

「はい。より多くのヘクセリウムを集めて使命を全うし――同時に力もつけてミーティアを止めて見せます。そして……『失われし魔術書』も」

 シホが顔を上げて答える。

「星の魔女として尽くすというあなたの覚悟、しかと受け取りました。では――シホ、あなたに命じます。力をつけ、ミーティアを連れ戻しなさい」

 星女王の命を受け、シホは深く頭を垂れた。

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