★第四章★ 決意

★第四章★ 決意(1)

 いつの間にか降り始めていた雨が、顔を濡らす。

 アスファルトの無機質な温もりを背中に感じる。絶え間なく、遥かずっと向こうからやってくる粒が、生ぬるい流れとなって頬を伝う。

 どうしてこうなってしまったのか――

 そうだ――ミーティアが言っていた。


「後ろからついていくのはもう……嫌。ミーティアがどうしても願いを叶えるっていうのなら、わたしもそうするよ。例え――どんな手を使ってでも」

 シホは地を蹴り、法器へと飛び乗る。

 スロットルグリップを絞り、ミーティアに向かって疾走する――

「シホっ……!! お前っ……!!」

 ミーティアが身体を翻し、シホの突進をギリギリのところで躱す。

 シホはそのまま一〇メートルほど進み、法器を滑らせミーティアへと向き直る。

「どういうつもりだ……! シホ!」

「ミーティアは願いを叶える為に、覚悟を決めたんでしょ? わたしも同じ。どんな方法でもミーティアを連れ戻す。そう決めたの」

 法器の先端に光が宿り――

「待て……シホっ!」

 魔力の矢が次々と撃ち放たれる。

 ミーティアは身を捻り、飛び、横へと走り続ける。追うように突き刺さる光矢はコールタールを溶かし、地面を粉砕し、小石を散らしていく。

「くっ……いい加減にしろっ!」

 何度目かの側転の後、ミーティアが法器を抜き放ち、飛び乗る。射出口に魔法陣が展開し――赤く染まる矢が、迫る光を相殺した。

 ややあって熱と光が消え、静けさが戻る。

「わたしがどんな思いで星の魔女になったのか……知ってるよね」

「ステラさんのような……シホのお母さんみたいな魔女になる為だろ!」

 ぽつり。最初の一粒が頬を叩いた。

「そうだよ。だから……ミーティアを連れ戻して、『失われし魔術書』も見つけ出す。必要なヘクセリウムだってわたしが集めてみせる」

 ぽつりぽつり。それは次第に増え――

「――どんな期待にだって応えられるような立派な魔女になる。それがわたしの――覚悟」

 ぽつぽつぽつぽつ。絶え間なく続き――

「……その為なら――なんだってする……!!」

 ――ついに途切れなくなった。

 シホがスロットルグリップを全力で捻る。けたたましい音と共にエンジンノズルが青い火を噴き――機体が僅かに前方に傾く。

 直後――シホは猛スピードでミーティア目がけて突き進む。

「お前のは覚悟なんかじゃない……何も考えず漠然とした理想を振りかざしているだけだ……!!」

 ミーティアもこれに合わせ、機首を上げてその場で後方へ一回転すると――出力を最大に、迎え撃つ。

「黙って。今のミーティアに言われたくなんかない……!」

 降りしきる雨を散らし、互いが高速で迫り、一気に距離が詰まっていく。

 シホは正面から迫るミーティアを見据え、姿勢を更に低く構える。

 狙いを定め、法器に魔力を込める。魔法陣が輝き――

 回避不能な距離から光の矢を放つ。同時、重心を左に寄せる。

 すれ違いざまに魔法はミーティアを捕らえ――ることなく、彼方へと消えていく。

「――!?」

 赤い法器の隣をすれ違うシホが見たのは――頭上から迫るミーティアの姿。

 直後、シホを衝撃が襲う。ミーティアの蹴りを喰らい、叩き付けられた全身が地面を舐める。

 そして法器を軸に鉄棒のように身体を旋廻させ、宙を舞ったミーティアは再び法器を掴み――機上に復帰した。

 ――――。

 倒れ込んだシホの頭の上からミーティアの声が響く。

「力もないのに、勝手な理想だけ振りかざして……何でも望み通りになると思ったら大間違いだぜ。……もう一度言う。あたしの邪魔はしないでくれ」


 力がないから――わたしに力がなかったから、ミーティアを無理やりにでも連れ戻す力がなかったから。だからこうして、今、天を仰いでいる。理想を叶えられないでいる。

 当然だ――。

 想いだけじゃ、何も得られない。叶えられない。救われない。だったら――

「シホっ! 大丈夫か!」

 視界に見知った顔が浮かんだ。ヴィエラだ。ベネットも――遠くに見える。

 シホはようやく身体を起こす。

「立てるか? シホ――」

 ヴィエラから差しだされたその手を掴むことなく、シホは立ち上がった。

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