★第二章★ 願いと使命(2)

 山頂までは五分とかからずに到着した。

 展望台も兼ねた木製の屋根付きの休憩所があり、街灯の白んだ光に囲まれている。

「やあ、シホ。遅かったね。それとヴィエラ、お疲れさま」

 その傍らに降り立つ二人の姿を見て、休憩所の椅子の上からグレイが声をかける。

「あっ……グレイ! もうっ、どこ行ってたの! 大変だったんだよ! いきなりクーヴァに遭遇しちゃうしっ」

 シホがグレイに詰め寄らんばかりの勢いで言った。

「それは災難だったね。でも、良かったじゃないか。万が一ということもあるかと思って、機転を利かせてボクが応援を頼みに行っててさ。おかげでこうして無事だったんだから、むしろ感謝してもらいたいくらいだよ。ねえ、ヴィエラ?」

「ははっ。まー、シホが赴任前に‘殉職!’なーんてことにならなくて良かったよ。危うく伝説を刻むとこだったんだ。グレイに感謝しとけ、なっ?」

「うう……もうっ! ヴィエラまでっ」

 とは言ったものの。蒼星に来てもう二回も殉職チャンスがあった気がする。助かってるけど。星の巡りがいいんだか、悪いんだか。

 ――と。グレイの座る椅子の隣から妙に高い――いわゆるアニメ声が響いた。

「全くその通りですのっ! わたくしの天才的な射撃スキルが無かったら、あなたは今頃天に輝くお星さまの仲間入り、確実でしたわ!」

 シホが視線を落とすと――

 あ。子供だ。

 ピンクとホワイトを基調としたドレスを着ている。フリルが可愛い。背中のおっきなリボンも。同じようにリボンの巻かれた帽子のツバはまんまるで、尖ったクラウンは真ん中の辺りで折れ曲がっている。

 髪は淡い黄金色で長く、緩やかに波打っていた。幼いながらも綺麗な顔立ち。

 精緻に造られたお人形さんかと錯覚してしまいそうな少女である。

 シホがその可愛らしさに見とれていると――

「ぺーぺーの新人のくせにでしゃばって、挙句無様にずっこけ大ピンチ。まあ見るからにどん臭そうな、泥んこ遊びがお好きそうなお顔ですわね。地面を這いずりまわるご趣味をお持ちなのも納得ですの」

「!? ふ……ふえっ……!?」

 薄紅色の唇が動き、呪いの言葉を吐いた。……え? なんかすげえの出たよね? 今。

 シホが口を開けたまま固まっていると――

「どうかしましたの? ぽかんとして。ただでさえ締まりのないお顔ですのに、間抜け要素増し増しですわよ」

 な……なななな……!? なんだこの口の悪いガ……子供は!? 思わず自分のダークサイドが不適切な言葉を選択しそうになるのを、シホの理性が踏みとどまらせた。

 のっぴきならない状況にキャラが崩壊しかかったシホ。そんな事はお構いなしに呪われし人形は喋り続ける。

「……ま、おかげでわたくしの功績が増えましたわ。本日はクーヴァ三体撃破。これで通算八百三十二体。大台の四ケタ達成も時間の問題ですの。そういう意味では感謝しますわ、ええと――ああ、あなたお名前は?」

「シ……シホ、です、けど」

「ふうん。お歳は?」

「一六八……です、けど」

「あら? それは意外ですわね。下があのようなお召し物のチョイスですからてっきりもっと……」

 下の……お召し物……?

 シホは自分のスカートを見つめていたが、少し経つとみるみる赤面していき――

「わ……わ、わーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 スカートの‘下’の事だと気づき、絶叫した。まさかさっきの戦闘で転倒した時に……!?

「あ……あ、あなたまさか……見たの……?」

「ええ。狙撃の際、スコープ越しにバッチリと。もし疑ってるのでしたら、証拠もありましてよ。わたくし、常に狙撃記録は動画としてバックアップしてい……」

「消してーーーーっ! 今すぐにーーーーっ!」

 シホは涙目で叫び、懇願した。

 …………

「あっ、あなた一体何者なのっ……」

 最高機密トップシークレットが漏洩したショックから立ち直りきれていないシホ。まだ少し目が赤い。

「いい質問ですわ。わたくしこそ今後、何万光年にもわたって魔女界の歴史でその名が語られることになるであろう伝説の星団長! 可憐なる天才狙撃美少女、ベネットですわっ!」

 くるりとまわってから少し溜め――ばばーん、と大仰なポージングと共にその問題児は言い放った。

 ええっ、星団長!? この子が!? あれ……? でもわたしの配属先はプラーネ星団だったんじゃ……。

 混乱しているシホをよそにベネットは続ける。

「頭が高いっ! わたくしより頭は低い位置にっ!」

 そう言って未だ発育の兆しの見られない胸を突き出してくる。

「……はっ、はい星団長」

 納得のいかぬまま。しかし悲しいかな、その性格ゆえ条件反射的にシホが階級カーストに屈しようとしていると――

「なーに勝手に肩書き詐称してんだ。お前は。こないだやっと五等星級になったばかりの一隊員だろーが。あとお約束でツッこんどくが光年は時間じゃなくて距離の単位だ」

 呆れた様子のヴィエラが口を挟んだ。

「いいのです! いずれわたくしが星団長になるのは決定事項のようなもの! 今から名乗っておいても何ら問題は無ぁい……へぶっ!」

「大有りだ。……ったく。虚偽申告で新人を混乱させんな」

 鮮やかにヘッドロックを極め、ヴィエラが言う。

「もがががががが! もがーーーーっ!!」

 ぎりぎりと締る腕に抱かれ、ヴィエラのふくよかな双丘に顔を埋めたベネットが手足をじたばたさせてもがく。

 もがががが! ――ぎりりりりりり。

 もがががが! ――ぎりりりりりり。

 もが……が! ――ぎりりりりりり。

 も…………

 抗うベネットの動きが緩慢になり、そしてくったりとしてきた頃。

「ヴィエラ。もう離してあげなさいな」

 穏やかな女性の声がした。

 ウェーブのかかった緑の髪を風に揺らし、声の主がゆっくりとした足取りで姿を現す。

 タイトにボディラインをなぞる黒のミニワンピース。細い腰に巻かれた踝丈のコルセットオーバースカートは翠に光沢を放ち、隙間から覗く白い脚を一層美しく際立たせる。

 上から羽織ったベルスリーブのレースカーディガンが、かえって肩や鎖骨、胸元を扇情的に強調していた。

 大人の色気を漂わせながらも、品格を感じさせる美しい女性だ。

「んー。でもよ――」

「いいのよ。そういう気概で星の魔女の務めを果たそうとしてると思えば、頼もしいわ」

 何か言いたげなヴィエラを制し、その女性は言って微笑む。

 それを見て軽く息をつくと、ヴィエラはベネットを解放する。

 くすりと笑い、ヒールを静かに響かせながらシホの前まで歩みを進めると、斜めに被ったとんがり帽子を少し上げて彼女は言った。

「蒼星へようこそ、シホ。私はプラーネ。ええと――本物の、星団長よ」

 シホの足元では偽の星団長が、おおお……、と苦悶の声を漏らしながら、頭を抱えて地面を転げ回っていた。

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