★第二章★ 願いと使命(3)

 シホの配属先、プラーネ星団は百二十人ほどの星の魔女で構成されており、今日シホが顔を合わせたのはそのうちの一割にも満たない程度だった。

 星の魔女としての職務は多忙を極める為、全員が一同に会することは稀なことらしい。

「――じゃあ一通り、紹介はこんな所かしら」

「そうだね。シホが殉職することなく無事に合流できたことをハレイに報告して今日のところは解散しよう」

 プラーネが振り返ると、グレイはそう答えた。

「ええ、そうね。ふふ。インパクトのあるいい自己紹介だったわよ、シホ」

「あうう……星団長のお褒めに預かり光栄です……」

 自己紹介に伴い遅刻の理由を説明する上で、シホは二度の殉職チャンスについて大勢の魔女の前で自らの口で語る事になってしまった。ううっ、結局伝説になりかけてるしっ!

 そんなシホを見てくすりと笑い、プラーネが星間通信用の魔法陣を起動させる。

 大きな陣が地面に広がり、光を放つ。そして円柱状にそれが沸き立つと――その中に白百合色のドレスに身を包んだ女性の姿が浮かび上がる。

「ハレイ様。先ほどシホが蒼星に到着。プラーネ星団への配属、完了致しました」

 プラーネが立体映像で映し出されたその女性の前へと歩を進め、告げる。

「プラーネ星団長、ご苦労様。報告は確かに」

 映像の人物が落ち着いた口調で答えた。

 要所に金と紫の装飾が施されたシルクホワイトのドレスを纏い、白銀色の長い髪を、威厳を感じさせる星型のツバの帽子が覆う。開いたドレスの胸元は透き通るような肌を露わとし、気品ある顔立ちにはアメジストのような瞳が輝いている。

 美しく年齢を重ねたこの女性こそが星の魔女の頂点――星女王せいじょうおうハレイ。

 星の魔女の組織は下から順に、‘星群’‘星団’‘星雲’と名付けられており、複数の下位組織を一つの上位組織が管理、統括することで成り立っている。

 各組織には一人の長が配置され、それぞれ‘星群長’‘星団長’‘星雲長’と呼ばれる。

 そして星雲長の上に位置し、全ての星の魔女の束ねるのが‘星女王’――即ちハレイ、その人である。

「シホ、無事蒼星までたどり着けて何よりです。グレイもご苦労でした。長旅で疲れたでしょう。配属も済んだのですし、今日はゆっくりお休みなさい」

「はい! ありがとうございます。星女王さま!」

 ハレイの言葉にシホが深くお辞儀をして答える。

「まあ、ボクはもう慣れっこだしね。大したことないさ。……ああ、でも今回は着陸時にちょっとスリリングな体験もできて、面白かったよ」

「ちょ……ちょっと! グレイってば! しーっ!」

 シホがグレイを小突く。

「ああ、それと――正確には配属前ですが、シホが早くもヘクセリウムを手に入れました。こちらも併せて報告致します」

 ハレイにそう言いながら、プラーネがシホに微笑む。

「ふふ、その様子では色々とあったようですね。でも頼もしい話です。シホ、今後も期待していますよ」

「はい! 星女王さま。少しでも……母のようにお役に立てるよう頑張ります!」

 シホは母の顔を思い浮かべながら、心からの決意を口にした。

 …………

「ハレイ様。オールトの雲の状況はいかがでしょうか――」

 プラーネのその質問に、ハレイは表情に険しさを滲ませる。

「観測班が逐次監視を行っていますが、現時点でオールトの雲への深刻な影響は確認されていません。しかしあれは全てを飲み込みながら、確実に接近してきています」

「つまり――僅かながらでありつつも状況は悪化し続けている、と――」

「その通りです。依然、悠長にしていられる状況ではない事には、何ら変わりません」

 ハレイはゆっくりとシホたち、星の魔女一人一人の顔を見回す。

「だからこそ、あなたたち星の魔女の働きに期待します。失われし魔術書――ロスト・グリム――を見つけ出し、そしてその奇跡を成しうるに充分なヘクセリウムを持ち帰る事を」

 …………

「それじゃシホはあなたに任せるわ。ちょうど欠員も出ていたところだし。いいわね? ヴィエラ星群長」

 ハレイへの報告が終わり、プラーネが言った。その言葉にヴィエラが頷く。

 上への報告は直近の上長へとするのが本来の形なのだが、訳合ってプラーネ星団の属する星雲の長は不在――空席となっている。

 その為プラーネ星団は特例的に星女王直轄とされた経緯がある。星団長であるプラーネが星雲長ではなく、直接星女王であるハレイに報告を行っているのはこの為だった。

「ふっふーん! ということはー? シホ! あなたはわたくしの人生最初の後輩! これ即ち――わたくしはあなたの直属の先輩ということですわ!」

 同じ内容を違う見地からわざわざ二回言い、ベネットが息巻いた。高揚感からか鼻息が荒い。

「えっ! ええーーーーっ! そんなっ! やだやだやだっ! 新人苛めと盗撮が趣味の先輩なんてっ!」

 これから毎日あんな呪いの言葉を浴びながら、下着を盗撮されまくるなんてっ! 永遠とわに続くパワハラとセクハラの波状攻撃。そんな職場での未来に思いを馳せ、シホは頭を抱えてうずくまる。 

「なっ……心外ですわ! わたくしそんな下賤な趣味はありませんことよっ! わたくしは常に真実を口にしているだけ。動画にしたってわたくしの輝かしい功績を記録しているだけですの。何を好き好んであんな毛糸のパ……もごっ!」

「……わわわっ! わーーーーーーーーっ!」

 シホがベネットの口を塞ぐ。

 しばしもがもがとベネットが暴れ――ようやくシホの手を振り払う。

「はあ……はあっ……何するんですの、まったく……そんなことよりさあ、ほら――言ってごらんなさい。ベネット、セ・ン・パ・イと」

 悪魔の笑みを浮かべながらベネットが顔を寄せてシホに迫る。

「う……。ベ……べねっと――せ、せせせ」

 脂汗が額に滲む。うぐぐ……認めたくない事実と、受け入れざるを得ない現実に挟まれ、シホの心がすり潰されそうになっていると、そこで試合終了のゴングが鳴った。

「はーい注目。今日から我がヴィエラ星群では互いの名前は呼び捨てで呼ぶこと。特に問題の無い限り会話もタメ口でオッケー。これは互いのコミュニケーションの円滑化を図り、業務をより効率よく行うためであーる」

 ぱん、とヴィエラが手を叩いて宣言する。

「な……なななな! なんですのその横暴なルールは! 風紀の乱れですの! 礼儀がなってませんわ!」

「アタシにもタメ口のお前がそれ言うか? そ・れ・と・も。これからはアタシのことをヴィエラ先輩って呼びたいんなら、お望み通りのルールにしてやってもいーんだぞー?」

 ベネットを肩で抱きよせ、試すようにんー? と顔を覗き込む。自然とヴィエラのふくらみがぐりぐりとベネットの頬に押し付けられる。

「ぐっ……い、いいですわよ! 言ってやりますわ! ヴィエラ……」

「ヴィエラ?」

「ヴィエラ……せ、せん――……」

「んー? 声が小っちゃいぞー? ここと同じで」

 ヴィエラがぽんぽんとベネットの胸を叩く。

「ぐっ! ぐぐぐっ……ええい、もうそのルールでいいですわ! それよりその塊をぐりぐり押し付けるのをやめるのですっ!」

「よーっし、じゃあ決まりだ。晴れて今日から三人、同じチームのメンバーだ。よろしくな」

 ベネットから離れ、ヴィエラが満足げに笑みをこぼす。

「ええっと……お礼が遅くなっちゃったけど、さっきはありがとう。改めてよろしくね。ベネット」

「なななっ……こっ、後輩を助けるのは当然の務めですの! お礼なんていりませんわっ……なっなんか、今夜は妙に暑いですわねっ! ふうっ……ま、その……よろしくですの、シホ」

 シホの感謝の言葉に、顔を赤くして狼狽えるベネット。慣れないことに照れているのだ。

 …………

「うまくやっていけそうね。それと――今度はくれぐれもあんなことが無いように。こういうことは言いたくないけど、人員の確保もラクではないの。頼むわよ」

「――ああ。わかってるよ。星団長」

 耳元で囁いたプラーネの言葉に、ヴィエラは神妙な面持ちでそう答えた。

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