★第六章★ 真実(2)

「くっ……う――ううっ……」

 急斜面を転げ落ち、茂みへと突っ込み、巨木の幹にぶつかり、ようやく停止した身体に力を込める。なんとか上体を起こし、茂みの中から空を見上げると――自分を探す魔女たちの影が見えた。

 幸いなことに、見つかってはいないようだ。

 今下手に動くのは危険だ――シホはそう思い、身を伏せ、息をひそめる。

 …………

 しばらく経つと空を舞う影は見えなくなり――夜行性の鳥の鳴き声だけが響く。

 そっと顔だけを茂みから出し、周囲を確認してから――そこからごそごそと這い出す。

 最初に蒼星に来た日も似たような事があった気がする。けれど――

 そう思い、立ち上がる――と右足に激痛が走った。

「ッ……!!」

 見ると右のふくらはぎに小指ほどのサイズの穴が開き、足を赤く染め上げている。

 さっきの魔法射撃で射抜かれたのだろう。肩や、腕、頬、全身にかすり傷があるが、あの熱線の雨の中、これくらいで済んだのは幸運と受け取るべきか。 

 ひとまず……身を隠せる場所を探さなくては。こんな場所で携帯住居を展開しては――星の魔女には――あっという間に見つかってしまう。

 法器に身を任せスロットルグリップを捻った――が反応はない。

 重力に引かれ、どさり、とそのまま地べたに倒れこむ。

「……っ! んっ……」

 それでも身を起こし、故障した法器を杖がわりにシホは暗い林の中を歩き出す。

 安息の地を、時を求め、シホは進む。

 一体――どこで、どこで間違えたのか。なぜ今自分はこんな目に合っているのか。何が正しかったのかも、わからない。

 ヴィエラはもう居ない。ベネットも、きっともう――ミーティアは……どうしているだろうか。きっと愛想を尽かして、もう自分のことなど忘れているだろう――

 そんなことを考えながら、シホはよろよろと進み――ついに、一本の木の麓にずるずるともたれかかると、座り込んだ。

 もう身体を支える体力が――それよりも気力が……無い。

 もう駄目か――

 こんなに苦しいのなら、いっそ――

 シホが目を閉じかけたとき――

 …………

 ――ゅ、ぐぉん!

 独特の周波音と共に濃緑のおぞましい輝きが、身を任せる幹を貫き、顔のすぐ横から生える。

 ――!

 半ば重力に身を任せ、シホは光から逃れるように倒れ込む。

 闇夜に残光を刻み、刃が巨木を薙ぎ払った。

「見つけたわよ。ふふ……。私の可愛い星の魔女」

 執念に憑りつかれた魔女が倒木の地響きの中から現れる。

「あ……」

「ふふ……ほら、落ち着いて。急に走り出すから、驚いちゃったじゃない」

 倒れ込んだまま、その顔を凝視するシホを見下ろしながら、プラーネが近づいてくる。

「どうしてこうなったのかしら――? 初めから……一つずつ確認しましょう? まず、確か……このあたりだったかしら?」

 そう言うと、プラーネは刃をミーティアとの戦いで撃ち抜かれた左肩の傷に突き立て、そして、ゆっくりとねじ込んでいく。

「――っ! があっ!!」

 塞がりかけていた傷口を押し広げ、内へ内へと侵入してくる熱に身体が疼き、悲鳴を上げる。

 反射的にシホが身体を捻り、逃れようと足掻くが――

「そんなに焦らないで。時間は取ってあるから、ゆっくり語り合いましょう?」

 プラーネがシホを蹴り飛ばす。シホは数度転がり――そして気を失ったのか、ぐったりとしたまま動かない。

「睡眠時間は長い方みたいね? でも安心なさい……すぐに目を覚ましてあげるわ」

 プラーネがゆっくりと右手を持ち上げ――

 熱を帯びた刃をシホの左の眼窩がんかへと押し当てる――

 ――!?

 寸前、プラーネが振り返る。

 森の闇の奥から殺到するのは、ばら撒かれた赤い閃光の群れ。

「……くっ! こざかしいっ!」

 刃を振るい、次々と迫る魔力の矢を払い落とすと――

 プラーネの周囲の地面が蠢き、数体の黒き獣が産まれ――一斉に襲い掛かる。

「ちっ――こんな時にッ!」

 覆いかぶさる黒い塊に数多の斬撃が走り――それらを一瞬で霧へと変える。

 プラーネが振り返ると――すでにそこにシホの姿は無かった。

「――あの道化師ピエロめ……いいところを邪魔してくれる……」

 顔を歪め、プラーネは爪を噛んだ。


 ミーティアは気を失ったままのシホを肩でかかえ、周囲を警戒する。

 気配がないことを確認すると、ごつごつとした岩肌に手を添えた。

 岩肌が魔法陣と化して消え――そこに口を開けた洞窟へとミーティアとメテオラが入っていく。

 少し置いて――洞窟は再び口を閉じた。

 …………

 それを遠くから見つめる一組の瞳があった。

「……ああ――ハレイ、聞こえるかい? ボクだけど――」

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