第36話 続、不審者が多いんですけど!

 ナオは年齢の割には小柄だ

 容姿自体も若干幼く体型に至っては同じ年のカティーナと比べ山と谷程の開きがある。だがその精神年齢は前世を思いだしてからは妙齢の、と言って良いだろう。ところどころ、いや大半子供っぽい行動をしているが、意外と普段の動作や物静かにしているときなどは年齢故の女らしさが滲み出ている。

 見た目の幼さの可愛らしさとそこはかとない年を重ねた女の艶、このアンバランスさが相まって妙な色気が出る時がある。

 しかもナオの容姿は安易には触れてはいけないと思わせるほどの神秘すら感じる美貌をしている。またその美貌に拍車をかけるのが非常に珍しく上質な絹を思わせる銀色の髪。手入れがばっちりと行き届いた銀髪は幾重にも光りの輪を作りだし、そんなナオはまるで儚く穢れの無い可憐な天使の様である。


 そして今ナオは見つからない様に気を付けて尾行をしていた。

 その出で立ちは正にお淑やかに歩く清楚な美少女。また黒のゴスロリメイド服はナオの魅力を如何なく引き立ててくれる。

 

 そんなナオがこれだけの民衆を前にして目立つなという方が難しい。


「うそ、ちっちゃくて可愛い」

「あの子何時からそこにいたの・・・・触りたい」

「押さないで、押さないで、やっぱ押してくれ、そしたら俺間違って抱き着いちゃう、かも」


 その容姿は一度目にすれば人を虜にする・・・・ただし内面を知らないものに限る。

 集まった人々は口々にナオを褒め称え、見惚れ、頬を染める。

 一部新たな変質者を量産しているが、だがその隔絶した美からか迂闊に近付く者はいなかった。


 だからなおの事目立ってしまっている。

 隠密尾行をするつもりだったナオには青天の霹靂に寝耳に水だ。


 ナオの王都での行動範囲はまだ狭い。

 引っ越してきて間もないしかも初めて王都に来たナオは、何度も王都に訪れているカティーナやヘレナとは違い、まだ屋敷近辺か近所の市場ぐらいしか出歩いたことが無かった。

 屋敷周辺は高貴な物しかいないし、近くの市場はそう言ったものが多く出入りするとあってあまり迂闊な行動はしてこない。たまにおかしな人物が現れる事があるがそれは稀な出来事だ。

 しかもナオと接するものは屋敷の人たち、所謂身内か、公爵家所縁の者であると知っている商売人たちばかり。故にナオは自分の認識を見誤っている。


 そう、自分の容姿が優れているという事はある程度理解していても、それがどれだけ桁違いであるのかと言う事を理解していない。


 これは起こるべくして起きた騒動。


 フロア中と言ってもいい多くの視線がナオに集中した。


「もしかして・・・・・・目立ってる?」


 その異変にはさすがのナオも気が付いた。だがここでも経験不足からくる誤認が生じている。

 ナオは自分の肩に乗るアストロフィが皆の視線を集めてしまっていると思った。


 確かに今のアストロフィは真っ白な可愛らしい子猫の姿をしている。それは非常に愛らしい事には間違いないだろう。

 だがだからと言ってここまで注目を集める事は無いだろう。

 なにしろぱっと見は唯の子猫なのだから、愛らしいと言っても常識の範疇でしかない。 

 ただ周囲の人々の反応が概ね「ちっちゃい」や「かわいい」だったことでナオはそう判断してしまった。あと「触りたい」だの「抱き着きたい」だの変態的言動も含まれているが、これがアストロフィの子猫の姿だとしっくりしてしまう事も勘違いの要因だろう。

 或いはここに動物を連れ込んではいけなかったのかもしれない。ナオはそう考えた。

 なまじ日本での記憶があるだけに店内ペット禁止というのが馴染んでいる。


 そもそもナオは自分が注目されると考えていない。先ほども述べた様に経験の無さもあるのだが、ナオにとって今の自分とはという認識でしかないのだ。だから決して注目を集めるでは無いと思っている。故にこの注目は自分では無くアストロフィなのだと。


 ナオの勘違いはともあれ、この状況が非常に拙いことはナオも分かっている。

 人の注目を集めてしまっているのもさることながら、尾行対象に見つかってしまったのは致命的だ。これでは目的を遂行するのが難しい。下手に動けばカティーナに迷惑がかかる恐れもある。この辺りの判断は前世の記憶が功をそうしてか意外と常識的だ。


 どうするか、そう悩むナオの選択肢などそう多くない。しかも単純思考のナオだ、その行動も実に単純。


「こ、これはドロンでごわす」


 即座に逃走を選択。言動の不安定さが如何にナオが焦っていたのかが良く分かる。


 ナオはクルリと踵を返した。実に綺麗なターンでスカートを翻し銀髪を躍らせる。それだけでもあちらこちらから感嘆の声が漏れ出しているが、今のナオにそれを気にしている余裕は無い。

 ナオは変質者のおじさんとは反対方向へとスタスタと逃げ出した。


 ここで超スピード移動を使わないのはこれ以上騒ぎを大きくしないための処置だったのだが、これまた裏目に出てしまっている。

 これだけ注目された後だ。否が応でもナオの行動は目についてしまう。

 ナオの平時の走り方は実に女の子らしかった。超スピードの様なスプリンター仕様では無く、俗にいう女の子走りと言うものだ。

 しかも前髪が捲れナオのご尊顔がよりはっきりと露になっている。ゴスロリメイド服もふわりふわりと揺れて愛らしさを強調する。

 小走りするナオはどこからみても間違いなく可憐な乙女だった。


 ナオが過行く道すがら左右に割れた多くの人々が熱を帯びた瞳で見送る。それはまるでランウェイを進むトップモデルの様だった。


「チッチッ、何だったんだあれ」


 変質者のおやじも他の民衆どうよう唖然と見送った一人となっていた。まさかそんな注目を浴びるような美しい少女に自分がつけられていたなどと微塵も考えていない。


 結局ナオの計画は失敗した。

 だがこのナオの通り魔的騒動は結果的に変質者にとって好ましくない状況を生むこととなった。


「チッ! いかん、見失ってしまった」


 行き成り現れたとんでもない少女に呆気に取られてしまい、目的の人物から目を離してしまったのだ。

 しかも周りの人だかりでもう目標がどこにいるのか分からない状態。人が人を呼びこの辺り一帯は身動きすら真面に取れなくなっている。

 こうなっては下手に動くことも出来ない。この変質者もまた目立ってはいけないのだから。


 変質者おじさんは悔やしさに口を尖ら舌打ちをした。


「これは【蛇】に先を越されるかもしれないな・・・・・・・あぁでもかねん。チッチッ、どちらにしてもこれを知られたら怒られそうだ」


 おじさんは面倒になりそうな事態に人混みを掻き分けながらその場を後にした。


「・・・・・・シュロシュロ、その通りだとも【鼠】くん。僕はまずはあっちから追わせてもらうよ」


 人混みの中細身の男がそう呟いたことに気付かずに。




「ふぅ、ここまでくれば大丈夫かな?」


 額の汗をぬぐい大きく息を吐きだしたナオが今居るのは女子トイレの個室だった。

 多くの人に注目され咄嗟に逃げだしたナオは目立たない場所としてトイレを選んで駆け込んだ。


「このメイド服ってのも良くなかったんですかね? 黒いメイド服と真っ白い猫、うん確かに良く目立つかも」


 いやぁ参った参ったと後頭部をトントンと叩きながら自らに反省を促すが、そもそもが間違っているのでどうしようもない。


『う、うむ・・・・・そう、かもしれんな』


 それには聖獣様とて諦念したかのような適当な相槌で流すしかない。

 この短い期間におかしな上司と上手く付き合わなければならないという、人間社会の厳しさとくと味わってきた聖獣様は空気も読めるのだ。


『それよりもどうするのだ、ナオよ』


 だからこうして話を逸らす事だって最早お手の物となりつつある。それに素直に流されたナオは両腕を組んで考え始める。


「う~ん、このままだとさっきみたいになりそうですし、今更アスニャンを置いて行くのも可哀想だもんね。かと言って変質者を放ってはおけないから・・・・・・・そうだね、それならもう少しちゃんと変装をしてせめて身バレしない様にしておいた方が良いのかも?」

『・・・・さっきまでの隠形で十分だと我は思うが』


 出てきた案は結局のところ変装して追っかけるなのだが、ナオはあのほっかむりだけでは足りないと言い出し更なる装備をご所望のようだ。

 主の奇行をなるべく阻止したい従順なペットはそれをやんわりと諭にかかる。


「え、でもそれじゃあ目立たない」

『ナ、ナオなら大丈夫だと思うぞ』

「そう?う~ん、アスニャンがそこまで言うならそうしよっか。でも追跡の仕方は考えないとですね」


 ナオにとっての目立つとは何か。その根本たる疑問を押さえ込みアストロフィは猫ならではの愛想笑いスキルで思い止まらせる。


 ある程度方針も決まりそろそろ騒ぎも治まったかとトイレの個室から出る。トイレでは何もしていないのだが気分的に手を洗い、可愛らしいフリルの突いたハンカチで手を拭くとトイレのドアに手をかけた。トイレのドアは内開きになっておりナオからすると引くようになる。

 ナオが「よしいくぞぉ」と意気込みながらドアを引こうとすると、思いのほかのドアの軽さに思わずよろめき数歩後ずさった。


「え、うわわ」

「にゃう!」


 まるで重さが無いような、それどころか逆に押された感すらある。

 トイレにだけは倒れまいとノブに必死にしがみつくナオ。肩に乗ったアストロフィもナオの衣服にひがみつく。


「おやおやこれは失礼、お嬢ちゃん」

「へ!?」


 何とか持ちこたえたことにほっとしたナオだったが、直後聞こえてきた低い声に間の抜けた声を漏らすのだった。

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