第35話 不審者が多いんですけど!

「ぐぬぬぬ・・・・・・楽しそう」


 物陰に隠れている如何にも怪しげな少女が冗談としか思えない呻きを漏らす。

 全身を黒で包みこみ頭には謎のほっかむり、そんな者がいくら物陰に隠れているとはいえここは商業施設でありそれなりに人混みがある。本来であればこれ程のヘンテコで目立つ存在がいれば注目されそうであるのだが、不思議とこの黒い少女に気付く者すらいない。それはまるで意図的に認識から外されているかのよう。


『・・・・・・実に馬鹿げた能力だな』


 その状況に一番呆れていたのは老若男女の区別がつかない不思議な声の主だった。


『我でもこんな隠形できぬぞ』


 その姿は真っ白な毛並みの可愛らしい子猫。その子猫は黒装束の肩に乗り猫なのにジト目である。


 そう物陰に潜んでいたのはおなじみの銀髪美少女メイドであるナオと、そのペット的存在となり下がった聖獣アストロフィである。


 この一人と一匹は只今絶賛尾行の真っ最中だ。


 敬愛するご主人様が出かけるにあたってナオは留守番を余儀なくされたのだが、その理由をナオが自分に内緒でプレゼントを買うつもりだと勝手に解釈し、そのワクワク感と置いて行かれた寂しさにこれまた勝手ながら尾行をしている。


 その最中どうみても目立ちそうなナオがどういう訳か注目されないという謎現象に、聖獣と言う名の化け猫が首をひねっている。

 ただそれは見つからない事が不思議と言うよりは、「忍者なんだからあたりまえなんです!」と自信満々に謎理論を語ったナオに対する疑念の方が強いかもしれない。しかもその通りに節理が捻じ曲げられてしまっているのだから、超越者でもある聖獣と言えど理解に苦しむところだ。


 だがアストロフィ的にナオならありそうだと思っているふしがある。なにせこのナオという少女がしでかす事がいつも突飛だ。何をしでかすか分からない未知の生物感が半端じゃない。


(さすがと言えば、よいのか?)


 だからこそ自分がこうして付いているという部分もあり、に通ずる存在であればそれもまた節理になるのだろうと無理矢理にこじつけ結論付ける。


 それはともあれ目的の件であるが、目標は丁度店から出てきたところだった。

 良い買い物が出来たのか頗るご機嫌に見える。それがナオからすると自分がいない場で楽しそうにしている姿を見るとどうしても疎外感を覚えてしまうのか、悔し気に奥歯をすり合わせていた。


 さらにナオが悔しがる理由がもう一つ。目的を果たすのに困った問題が発生していた。


「どうして何も持ってないんです!?」


 ずっと買い物をしているはずなのに、件の少女にも付き添いのメイドにも一切の手荷物が無い。だがこれは彼女の素性を考えれば当然のことなのだがナオはそこまで思考が巡っていなかった。


 ナオが尾行している相手、それは言わずもがなカティーナとヘレナである。


 カティーナは国内でも有数の権力を持つ公爵家ご令嬢だ。そのような高貴な身分の者が一々買ったものを自分で持ち運ぶなどありえない。基本すべて屋敷に送られるか専属の荷物持ちが取りに来るかのどちらかだ。


「くっ、これでは何を買ったのか分からないじゃないですか!」


 一人憤慨するほっかむりメイド。

 隠れている事を忘れているのか悔しさのあまり地団太を踏む始末。だがそれでも周囲の目が彼女へと向かないのだから、その理不尽さに聖獣が悩むのも頷けよう。


 ナオにとってこの事態は誤算だった。

 元々日本の一般人でしかなかったナオに買った物を送ってもらうなどという発想は無い。

 

「くっ、金持ちが!」


 悲しいかな、一般人とカティーナとでは格が違ったらしい。


 悔しさに涙をにじませほっかむりの端を噛む。

 が、そんなナオに朗報が。


「はっ・・・・あ、あそこは!?」


 出てきたカティーナたちが次の店へと入っていった。

 少々入り口がピンクピンクしている店である。

 ナオの目がカッと光る(様な気がした)と、さっきまで滲んでいた涙が瞬時にあがる。そして目に入ったその店名に、ナオの表情と血色が見る見ると良くなっていく。


 メイドの鼻から蒸気が吹きだした。



「おぉう・・・・・・いっつぁ、らんじぇりぃ~しょぉお~ぷ」



 興奮気味にされど静かに絶叫する器用さを見せる。決して少女が見せてはいけないようなだらけた口元に白猫さんは益々呆れ顔だ。


 カティーナたちが入っていったのは、それは女性専用の下着屋だった。

 そうランジェリーショップである。


 カティーナが下着を選ぶ、それを考えたらもうナオの頭から自分のプレゼントがどうだとかなんて消え去ってしまった。あの我儘放題のボディーに何が身に着けられるのかと全力で妄想にいそしむ所存だ。


 そしてこれは店の中に入らなければ確認することなど到底できない。


「アスニャン行くよ!!」


 もう一にも二にも無くナオは駆けだそうとした。店に突貫する気満々だ。


「早くしないと素敵ハプニングを見逃して・・・・ん?」


 欲望まっしぐらに物陰から出ようとした、その時。ナオはランジェリーションプに近くにいる怪しげな人物を見付けてしまった。


 怪しげと言っても、傍目では備え付けの休憩用ベンチに腰を下ろし新聞を広げているだけのおじさんでしか無い。一見すれば家族の買い物を待っている間休んでいるどこにでもいるお父さんの様でもある。

 だがナオは見逃さなかった。ナオ自身がに注目していたからこそ気が付いた僅かな視線の動き。それは自分と同様の目的を持った匂い。


 ナオちゃんセンサーがビービー鳴っている。このセンサーは一定の人物に対しては過剰なまでに反応してくれる。それは今のナオにとっての主であり、かつてゲームで唯一攻略が出来なかった憧れの存在、そうカティーナだ。


 おじさんの視線はさり気無さを装いながらも確実にランジェリーショップの中にいるカティーナを見ている。

 新聞広げ脇目で少女を盗み見するおじさん、それはつまり・・・・・・変質者。

 これナオの中での常識である。

 ただ一言付け加えるのであれば、ナオ以上に見た目で怪しい人物はこの場にいない。だが、ナオは周囲に知覚されていないのでノーカウントなのだ。


「アスニャン、ちょっと目的変更です。あの変態さんを張り込みますよ」


 さすがにそんな変態(と勝手に思っている人物)が主人であり大好きなカティーナを狙っているかもそれないとなれば、いくら欲望に忠実なナオでも放っておくわけにはいかない。


 キョロキョロと周囲を確認しソソソと抜き足で物陰から物陰へと移動を繰り返す。あっという間にナオは新聞おじさんの直ぐ後ろまでやってくることが出来た。

 当然この間誰にも見つかっていない。抜き足と言えどもナオの移動速度は既に人外、分身が現れるレベルにまで達しているのだ、そう簡単に一般人に発見出来るものでもない。


 配置についたナオはさっそく変質者の監視を始める。先ずはカティーナに対して何かするかどうかを判断しなければならない。

 だがそれは簡単に判明した。


「(のんきなものだ。何も知らない小娘ってのは。チッチッ)」


 独り言にもならない程極小さな声。独特な笑い声を含ませたそれをナオの異様に良い耳は確りと捉えた。


(はいこれ悪役決定)


 もっと色々と調査してからなんて考えていたのだが、まさかの初手での変質者確定だった。それならばとナオは早々に撃退する方向に思考をシフトする。


 丁度そのタイミングでランジェリーショップからカティーナたちが出てきた・・・・・がちょっと様子がおかしい。中で何かあったのかカティーナが些か気落ちしているように見える。

 それはそれで非常に大変とっても気になるところのだが、ナオにはやらなくてはいけないことがあるので断腸の思いで意識をおじさんへと向けた。


 カティーナが出てきてしばらくすると、広げていた新聞をたたみごく自然な感じでおじさんも動き出し始める。

 それであればナオもこの場に留まっている訳にはいかない。かと言って隠れながら追うのはカティーナが襲われる可能性を考えたら非効率だろう。


「リスクがありますが仕方ないですねぇ」


 それならばとナオは頭にかぶっていたほっかむりを外し、自称忍者からいつものゴスロリメイドへと変身する。


『む、ナオよ、まさか・・・・』


 その行動に猫が慌てた。

 ナオが何をしようといるのかを察しそれで巻き起こるであろう問題にいち早く気付いたのだ。

 だが時すでに遅し、猫が物申す前にゴスロリ銀髪メイドは人混みの中にその身を紛れ込ませてしまった。


 おじさんは時折男性向けの店を見ています風を装いカムフラージュしながらカティーナの後を付けていく。端から見ればその行動は何の違和感も無く極普通だ。だが端々でカティーナを目が追っていることをナオは確認している。


(ロリコン死すべし!)


 未成年の少女、しかも飛び切り綺麗な美少女を付け回すおじさんのとる行動など百害あって一利なし。ナオの中では排除対象として確定している。ナオは後を付けながらどこで襲撃するかを模索していた。


 ここは大型の商業施設だ。当然ながら人の数は多く店員やら客やらでそこら中溢れ返っている。だがその反面これだけの施設だと死角もまた多い。バックヤードへの道だったり非常口であったり。それは変質者にとっては都合がいいが、排除を目的とした襲撃をかけるナオにとっても好都合だ。


 どこがいいだろうか、そう思案しながら後をつけていると、突然目標のおじさんが立ち止まった。

 どうしたのかと訝しげるナオは次の瞬間驚きに身を固めた。


 おじさんが振り返りナオと目が合う。


「・・・・あ、え?」


 完璧だと思っていた尾行に気付かれた。ナオは突然の窮地に冷や汗がにじみ出る。


(距離も開けていたのに、どうして!?)


 その事実に愕然とするのだったが肩に乗る猫は半分呆れ顔だ。


『いやこれでは隠せんだろ』


 そしてため息混じりの念話を送ってくる。


「何この子・・・・・・かわいい」

「うわ、すごっ!?」

「ちょっと何見惚れてんのよ、あんた!」


 そして聞こえてくる周囲のざわつき。尾行に集中していたナオは周囲の変化に気付いていなかった。


 いつの間にかナオの周囲に満員電車もかくやの人だかりが出来ていた。そしてナオに集まる目、目、目。集まった多くの人々の視線がナオに集中している。その表情には驚愕や驚嘆、羨望や見惚れと言ったものが見て取れた。中には惚ける彼氏の頬を抓っている姿や、よそ見をして壁にぶつかる男の人の姿も。


(え、何これ・・・・・・もしかして、これ・・・・私、目立ってる?)


 この不自然な人だかりはナオ遠巻きにして取り囲むようにできている。明らかに中心人物はその輪の真ん中にいるナオしかいない。


「はれぇ?」


 これは一体どういうことか。

 困惑に脳が機能停止するナオにアストロフィは猫球パンチをぐりっとナオの頬に食い込ませる。


『ナオはもう少し自分というものを理解した方が良いと思うぞ』

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