第34話 悪だくみなんですけど!

 そこは薄暗い部屋だ。

 室内には中央に置かれた円形のテーブル以外は何もない。窓は天井近くに小窓があるがそれも人の頭すら通れない位の小さなもの。その雰囲気たるや殺風景を通り越し部屋では無く監獄ではないかと思えてくる。

 そんな薄暗く閉塞した部屋のテーブルには3人の男が車座になり互いの顔をつき合わせている。3人ともが煙草をふかしただでさえ狭い室内は向かい側の相手が霞むほどに視界が悪くなっている。

 そんな居心地の悪い室内であるにも関わらずこの男たちはその事を気にした様子は見えない。


 その内の1人の男が新たな煙草に火をつけ一息呑み込んだところで口を開いた。


「また催促がきやがった。まったくあの連中は待つと言う事が出来ねぇのか。どれだけ厄介な相手なのかを全く考慮しやがらねぇだけじゃなく、毎日のようにどうなったと訊いてくるんだからよぉ。自分らが依頼したのが子供のおつかいか何かと勘違いしてんじゃねぇかと頭の中を疑っちまう」


 ボリュームが不足しだした髪をオールバックにまとめる40代位の男。不機嫌さをあらわに鼻息を荒く捲し立てた。

 値が張りそうなスーツ姿で頬杖を突き、反対の手はもはや連射と言える速さで円卓を指で叩く。その姿を見るだけでもこの男の如何に気が短いかが伺える。


「出来る知性を持っているのであれば我らにこのような依頼を出さずとも己が目的を果たしているのでありますよ。自分で伸し上がることが出来ないが故に貶める方向にしか考えが向かないのでありますよ。いやはや保身と体裁が派手な服を着ているような輩ですからな、まぁだからこそ我らが生活に困ることも無いというのだから一概に悪いともいえないのですよ」


 そう言ってクツクツと押し殺した笑い声を出し皮肉った笑みを浮かべるのは、オールバックの男から左隣に座る細身の男。扱けた頬に生気の少ない淀んだ目の色が不気味さを漂わせる。


「はっ、わぁってるよ、奴らはいい金づるだぁてよ。だから腹立たしい物言いにもぶっ殺さず黙ってやってんだしよぉ」

「こちらがはいはいと頷いておけばいくらでも金を落としていくのですよ。そう思えばあの肥え太った豚どもも可愛い家畜と思えるというものですよ」

「・・・・・てめぇのそういう考え方が俺ぁ怖ぇよ」

「それは些か失礼なのですよ。我は正しき見識を述べたにすぎないのですよ」


 細身の男の口ぶりに嫌そうに表情を歪ませオールバックの男は「はっ」と鼻を鳴らす。


 そんなおり最後の一人、シルクハットを被っている男が組んでいた腕をゆっくりと解く。


「それで、どうなっている?」


 重い、そう感じる男の声に軽口を言い合っていた二人の表情は一瞬にして引き締まる。その男が他の二人よりも上なのはその態度から見ても明らかだ。

 主語の無い問いかけではあったが、それが何を示しているのかは他の2人は当然の如く理解し順に話を始める。


「屋敷はガードが固すぎて無理だなぁ。さすがは魔術の名家だけあって下手に近付けばすぐに感づかれる。ありゃぁ手の出しようがねえ」

「学園は言わずも、なのですよ。あそこには今王族もおります故警備においては要塞よりもたちが悪いのですよ。聞くところによればあの【崩壊】もいるとのことですし、こちらも事をなすには些か障害が大き過ぎますよ」


 オールバックと細身の男の芳しくないと大げさに肩を竦めて見せる。細身の男は実に淡々とした物言いだが『崩壊』の名を出したところで僅かに目を細める。

 これは芳しくはない報告であろう。だが格上の男は分かっていたとばかりに「なるほど」と相槌を打つと思案気に顎をさする。


「・・・・・・ならばやはりこのタイミングで事を起こすのがベストか」

「だろうな。ちぃっとばかし騒ぎになっちまうが、外に出ているときの方が格段に手薄だしよぉ」

「我も同意見なのですよ。出来れば隠密に事をなせとの依頼主の要望ではありましたが、こればかりは致し方が無いのですよ。それに通りすがりの暴漢に襲われた、そのシナリオでも十分だと思うのですよ。監視者からの報告では御付はメイドが一人で陰からの護衛も二人だけで出かけているらしいですからな、自身が狙われている意識も無いこのタイミングがベストなのは間違いないのですよ」

「なるほど、いいだろう。して誰が実行する?」

「俺んとこの『蛇』と『鼠』だな」

「なるほど、な。奴らは隠密に特化しているから適任ではあるな」

「ふむふむ確かにそうなのですよ・・・・・ですが、些か不安があるのですよ。『鼠』は良しとしても『蛇』は今回のターゲットには拙いと我はおもうのですよ」


 オールバックの男が隠語らしき名をあげると、帽子の男は満更でもないとばかりに頷く。だが細身の男は死んだような眼を細め不審げにオールバックの男を見た。


「あ奴の趣味を考えると暴走するのではないかと思うのですよ。相手は若い娘、それも見た目がよろしいとなればなおの事なのですよ。下手したら実行せずに自分のコレクションにしようとするかもしれないのですよ」

「まぁそれに関しては構わんさ。目的としてはそれでも十分に達したと言えるだろうからな。例えあれの悪癖で生かされたとしても問題は無いのだからな」

「げははは、確かにそうだ。いや場合によっちゃぁそのまま売り物にしてしまうのでもいいかもな。いいご趣味の豚どもなら高い金を出すだろうからよぉ」


 どこに面白いところがあったのか、オールバックの男は腹を抱えてげらげらと笑う。


「まぁ『辰』殿がそうおっしゃるのであれば我は別にいいのですよ」


 細身の男は呆れ顔でオールバックの男を見るもそこに忌避や嫌悪と言った感情は無い。あくまでも呆れているだけだ。


「ただ些か過剰戦力である気がするのですよ」


 そして細身の男が最後に付け加えると、帽子の男は「いや、このくらいでいい」と否定を返した。


「今回のターゲットはあの『』だ。例え護衛が少ないとはいえ油断などできるはずも無い。それこそ私は『十二支』が二人いても万全だとは思っていないくらいだ。とはいえそれ以上では何かあったときに我らの存在が明るみになるかもしれないからな。ならば人に紛れて動ける二人に任せるのが最善ではあろう?」


 帽子の男が立ち上がる。これ以上の議論は必要ないのだと。


「レヴァナンス公爵家が次女、をこの機会に・・・・・・攫え!」


 そして高々と宣言をする。


 ナオの敬愛するカティーナを捕まえろと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る