第30話 死験なんですけど!

 大地が裂けるとは正にこのことなのだろう。


 ゴッデスの目の前の地面が深く抉られ一本の線として刻まれていた。しかもその大地の裂け目は更に奥の観客席の壁をも切り裂いていた。


「・・・・・・るべし・・・・・るべし」


 眼をグルグルと回し物騒なことを呟く銀髪の美しきメイド少女。だがその少女が成したことは一切の可愛らしさも少女らしさも存在しない。あるのは死の一文字だけ。


「・・・・ま、まっ」


 「待て!」そう叫ぼうと思った矢先、ゴッデスの第六筋肉が危険を察知。ゴッデスは全力で後方へと飛びのく。


 コスンと軽い音がした。だがその音の正体にゴッデスの筋肉が慄く。


 ゴッデスが元居た場所に銀髪の少女・・・・・・いや銀髪の悪魔が木剣を突き立てていた。いつ襲い掛かってきたのかも分からないほどの速さで何時の間にか現れた銀髪の悪魔は、手にしている木剣を深々と地面に突き刺しているではないか。


 ここの地面は硬い。確かに土でできているが長年修練に使ってきた地面は激しい衝撃に耐え続け岩盤のような強度を誇っている。


 先ほどの裂けたのも異常だが、たかだか木でできた剣が突き刺さるのも大概におかしい。しかもあの軽い音は殆ど抵抗すら感じさせずに突き刺したに違いない。普通であれば木剣など折れてしまうか粉々に砕ける。少々実力あるもであれば刺すことは可能かもしれないが、それでもあんな簡単にスコンと刺さりはしない。


 ゴッデスにとってはまさかの事態だった。受験生たちをしていたはずよもや自分がを受ける羽目になっているとは。


(な、何なんだこいつは・・・・・おかしい、絶対おかしいだろ)


 見た目は唯の少女・・・・いや、とびっきり美しい少女だ。虫をも殺さなそうな愛らしい妖精のような姿をした少女が、軍内部でも恐れられる暴力の権化に生命の危機を感じさせている。


 しかも眼が血走っているのはどうしてなのか。嬉々として放たれる濃密な殺気にゴッデスの額には大粒の汗がタラリと流れる。


(魔法なのか?いやそんなそぶりも気配もなかった。ならばこれは純粋な身体能力で・・・・・・・・ありえん、ありえんだろう!)


 ゴッデスは混乱した。まさか自分以上に身体能力を持ったものがいようとは、ましてやそれが年端もいかない少女であるのだからなおの事。


 地面に易々と突き刺さる木剣。他に余波を与えずまるで上等なナイフで果物を刺したかのように何の抵抗も感じさせないその刺突は、単純に力の成すものなのか或いは研ぎ澄まされた技術がもたらすものなのか分からない。ただ一つゴッデスが分かるのは少女が行った行為が如何に常識外な事であるかだけ。



(異常だ。こいつは異常だ!)



 少女が銀髪を靡かせて突進してくる。メイド服をバサバサと風に躍らせ右に左にと軸をずらし恐ろしいスピードで向かってくる。


 ゴッデスはこの日始めて構えをとっていた、いや取らされたと言った方がいい。他の受験生たちは自然体からの一撃で倒してきたゴッデスが、身を半身に拳を握りしめる。これは無意識の防衛本能だった。


 少女の木剣が正面から突き出される。ゴッデスはそれを手の甲で木剣の腹を払っていなすと直ぐに身を屈める。

 するとゴッデスの頭部の直ぐ上を弾いたと思った木の刀身が通り過ぎていく。身の毛のよだつ風切り音にゴッデスはゾクリと筋肉を凍らせる。


 ただ黙って攻撃をされ続けるほどゴッデスも大人しくはない。何しろ彼は崩壊の名を持つ破壊の権化だ。

 すぐさま振り向きざまに爆風を纏った左フックを繰り出す。その凄まじき剛腕に大気が弾けゴッと言う音の後拳の軌道上の離れた地面が爆発した。


 ナオが真空の刃であればゴッデスのは風圧の大砲。その一撃で大人の人間がすっぽりと入れそうな大穴が岩盤のような硬い地面に出来上がる。


 しかしこのゴッデスの大砲は唯の空振りで終わる。


 銀髪のメイド服の少女の姿は既にそこには無く。ゴッデスの背後に距離を開けて回り込んでいた。


 始めて自らこの少女に攻撃したときゴッデスははたと感じるものがあった。じんわりとかく汗ばむ握った掌が小刻みにぶれている。


(これが、恐怖・・・・・・いや、違う)


 ゴッデスがのそりと起き上がり少女へと体を向ける。


「おい、白いの・・・・・・・お前は何ものだ?」


 銀髪少女に誰何する。


 底の知れない力量を持った少女。その実力は今だけの僅かな攻防だけではゴッデスでも図り切れないとこがある。向こうの攻撃は躱すのに紙一重のギリギリ、逆にこちら側の攻撃は余裕で躱されてしまっている。


 恐ろしい・・・・・ゴッデスはこの銀髪の美しき少女に心底そう感じた。こんな非常識な力を持ったものは軍にだっていやしない。


 だがゴッデスに恐れはあっても怯えは無かった。


 たった数回の攻防でゴッデスの中に芽生えた初めての感情に、本人も気付いていないが自然と口が弧を描いていた。


 ゴッデスはその類まれな身体により常に一つの感情に侵されていた。



 『つまらない』



 ゴッデスは他人と比較することをしなかった。いや正確には比較出来る相手がいなかった。だからひたすら自分を鍛える事だけに終始した。そうする事で空虚さを埋めようとしていたのだ。


 だがここに現れた少女はどうか。


 自分がこんなにも必死になって逃げているのはどういう状況か。身の毛がよだつ程の危機感を感じながら相対しているのは何なのか。


 当初は困惑した。受験生の子供であることから戸惑いや油断もあった。


 だが自分が攻撃をして易々と躱されてしまった時そんな小さいな戸惑いなど消え去っていた。



 『面白い!』



 それは今までゴッデスが感じたことの無い感情。始めて覚えた自分を熱くする想い。


 自然と口角が持ち上がる。ゴッデスの目は歓喜の色に輝きを放つ。






 ナオは焦っていた。


 自分の攻撃が尽く躱されしかも相手が振るった拳で地面が弾けとんでしまっている。


(うひぃぃ!)


 そんな人間離れした攻撃に自分の事を棚に上げてナオは戦慄に内心で悲鳴を上げる。


 しかも巨体の怖い顔をしたおじさんは物凄く獰猛な笑みを浮かべているではないか。心なしか眼が光っているようにも見える。


(やっぱり私は捕食される!)


 まるで獰猛な猛獣の前に放り出されている気分だった。テンパっているナオの脳内にはもう試験と言う言葉が消え去っている。あるのは何故か自分の貞操の危機というゴッデスが聞けば謂れのない風評被害にブチ切れてしまいそうなもの。


 ナオから見たゴッデスとは既に暴漢でしかない。


 だからこう考える。ここで負けたら自分は犯される、と。


 もろもろ、と言うよりは全部が勘違いの妄想甚だしい事なのだが、ナオにとっては現状笑い事じゃなくなっている。それ故に人(ナオには人と思えていない可能性大)に対して全力の攻撃をしていたのだが、それらが掠りもしないで躱されてしまった。


(拙い、拙い、拙い)


 ナオは全身をガタガタと震わせ迫りくる巨体に木剣を構えた。




 ゴッデスはこの世界では異常な部類に入る人間だ。このゴッデスという男、今は訳あって学院の臨時教員などしているが所属事態は軍である。しかもその軍において最強戦力として見られている存在でもある。更に言えばこの国内で騎士団を混ぜた全戦力でも上位に位置する実力者であり、こと純粋な肉弾戦においては最強と目される存在だ。


 そんなゴッデスが構えをとり攻撃をした。その事は周囲の者たちに大きな衝撃を与えた。


「馬鹿な・・・・たかが学生にあのような攻撃を」

「あの娘一体どんな動きをしたんだ?一瞬消えたように見えたのだが」

「・・・・・・・・・・カワイイ(ぼそ)」


 観客席では驚愕でざわつき始めた。あれだけ静まり返っていたのがまるで嘘のように喧噪にのまれていく。


 逆に静かになったのはカティーナとヘレナである。


 あれだけキャーキャー騒いでいたのがうその様に静まり返っている。どちらも端正な顔立ちをしているのだがその顔からは表情が抜け落ちている。


「・・・・・・・お嬢様」

「・・・・・・・何かしら?」


 珍しく少し乱れた赤髪を指で梳かしたヘレナが神妙に金髪の主へと語り掛ける。主であるカティーナは従者であるヘレナが何を言わんとしたいのかを察しているのか心なしか口をへの字に折り曲げ。


「違う意味で・・・・拙くないでしょうか?」

「言わないで!」


 聞きたくないとイヤンイヤンと耳を塞いで頭を振るのだった。


 カティーナとヘレナはゴッデスが構え攻撃したことよりも、ナオがゴッデスを翻弄しもしかすると打倒してしまいそうな事を危惧していた。


 普通だったらありえない事だ。


 だがカティーナとヘレナはナオと言う存在が如何に非常識かを知っている。昨日だって模擬戦をさせたら何人かに分身するといった常識外なことをしでかしたばかりだ。


 常識を教えるために入れようと思った学院だが、試験の時点で常識外になっていることにカティーナとヘレナは酷く頭を抱えるのだった。

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