第29話 あれ、何か違うんですけど!

 試験の会場となっている闘技場は本日三度目の静けさに包まれていた。


 一度目は予想だにもしていなかった大物、軍が抱える猛者が試験官として現れた時だった。その曰く付きな存在に受験生のみならず、応援と称して集まっていた観客をも驚愕と恐怖で誰しもが息をのんだ。


 【崩壊のゴッデス】


 知らぬものはいないと思われるほど有名な軍の怪物は、その異名の通り全てのものを崩し壊してしまう戦闘の申し子である。

 常人を遥かに凌駕する巨躯は、全身が強靭な肉の鎧に覆われており、一度拳を振れば抑えきれない破壊の嵐が吹き荒れると言われる程。


 まさかそのような人物が未来を担う大事な子供たちの試験に、それも模擬戦闘を行う実技の試験に現れるなど誰が思っただろうか。


 他の軍の名だたる戦士であれば大いに喜んだことだろう。だがここに現れたのは手加減のできないといわれている破壊の権化だ。



 壊される。



 その場に集まった誰もがその絶望とも呼ぶべき未來視に顔を蒼褪めさ生唾を飲み込んだ。



 そしてその未来視は間違いではなかったと、二度目の静寂がやってきた。


 観客の前で繰り広げられる暴威。恐怖し委縮した受験生たちがゴッデスの拳により物言わぬ存在へと問答無用に変えられていく。


 これは試験なのだろうか、そう疑問視してしまう一方的でしかも一瞬で終わる模擬戦に、文字通り身も心も打ちのめされていく受験生たち。


 端から見れば阿鼻叫喚の地獄絵図。だが実際はゴッデスの見た目とんでもない暴力とは裏腹に受験生たちに大した怪我はない。意識を刈り取ることを目的とした攻撃は必要最小限の外傷しか与えていない。ゴッデスがうまく手加減をしているからだ。


 ただそんなことは見ている側からは分からない。一瞬で人間が吹き飛ばされていく様は正に驚愕である。更に観客や受験生たちはゴッデスが手加減できると思ってもいない。

 次々に積み上げられていく受験生たちの屍累々とした姿に、応援の観客たちは出る息すらも唯々沈黙するのみだった。

 正に崩壊、そう呼ぶにふさわしい光景が試験会場を包み込んでいた。



 そして幸か不幸か、試験の順番が一番最後であったナオだけが、ゴッデス以外この円形の試験会場で立っている唯一の存在となっていた。

 なんだかんだ言いながらも非常識な能力を持つナオも元は平和な日本で暮らしていた唯の一般人に過ぎない。ナオは目の前で起きている非現実的な暴力に、雪のごとき白い肌を蒼褪めさせていた。


「てめぇで最後だな。白ひよっこ」


 その破壊の権化が獰猛な笑みを浮かべナオの前へとやってくる。


 のっそのっそとゆっくりと、口端を吊り上げ獲物を吟味するように見下ろしている。


(何ですか!これ人ですか!?)


 見上げるナオの目にはその巨体はあの時まみえた【サイクロプス】を思い起こさせる。

 初めて出会った巨大なモンスター。意気込んでいたナオが一瞬のうちに気圧されてしまったあの時の恐怖がよみがえる。


 ナオは思った。やっぱり「人間TUEEEEE」とアストロフィと感じたのは間違いではないのだと。


 恐怖し震えた。


 実際にはナオとアストロフィの勘違いでしかない。ナオはともかくとしてアストロフィからすれば例外を除けば人間などさほどの脅威にもならない。だがナオアホアストロフィ引きこもりには悲しいかな他と比較しようにもその対象と経験が足りなかった。


 【獅子塚の森】のサイクロプスは軍が小隊で何とか対処できるか程の脅威である。生半可な攻撃など通じない頑強な皮膚と、大地すら粉砕する強靭な筋力。その巨体も相まって一級の災害魔獣として登録されている。

 準備無く出会えば壊滅即死しうる強敵である。


 ゴッデスと言えどサイクロプスを上回る様な破壊力など持ち合わせていない。それどころか単身でサイクロプスに挑めばただでは済まないだろう。倒せなくはないが決して楽に倒せる相手ではない。その時点でゴッデスが強いといえばそうなのだろうが、それはナオやアストロフィが恐れる程の事ではないのだ。

 

 何せナオはサイクロプスを一刀のもとに斬り伏せたのだから。


 だがナオはそんな事は知らない。あれだけカティーナが驚愕していたにも関わらずサイクロプスがどんな存在であるのかに気づいてない。


 しかもナオは戦闘に関しては完全な素人である。突然手に入れたチート能力に酔いしれて馬鹿な特攻をしてしまったド素人である。どれだけ強かろうと経験が全く足りてない。


 だから気が付かない。


 目の前の人間がことに。



「おら、さっさとこっち来い」


 ナオは引き摺られるように闘技場中央へとゴッデスにつれていかれる。せめてもの抵抗と脚を突っ張らせるもそもそもの質量が違い過ぎる。ズルズルと足が滑るだけで何の抵抗にもなっていなかった。


(ま、拙いですよ。私死にますよ、これ)


 巨躯な強面な漢に引き摺られていく小柄な美少女。何も知らずに見たのであればもう犯罪の臭いしかしない状況だろう。


 ナオは顔を蒼褪めさせながら転がる哀れな同胞受験生達(その中にチャライケメン混入)の脇を通っていく。助けを求めるように周囲へ視線を向ければ、そこには何故か抱き合っている不思議なダンスを踊るカティーナとヘレナの姿。


「んな!!」


 自分のピンチだというのに遊んでいる二人に愕然とする。


(わ、私が乙女の危機だというのに)


 その期待と裏切りが良くなかったのかもしれない。目の前で繰り広げられてきた暴力と言っていいゴッデスの模擬戦は、いつの間にやらナオの脳内でただの暴漢に襲われているとすり替えられてしまっていた。


 そこに何で、と言うのは存在しない。もうナオの中で突然変異が起こったのだとしか言いようがない。


 ナオの脳内にはあられもない姿で哀れにむさぼられている自分の姿が浮かんでいた。皆が倒れて最後に残された美少女がされることなど決まっているとばかりに、ゴッデスを真正のロリコンへと変容されていく。


 ナオはゴッデスを見た。


 怖い。


 顔が怖い。


 とてもタイプじゃない。


 今度はゴッデスの下半身を見た。


 こ、壊れる。壊される。


 ナオのピンクの妄想が真っ赤に染まる。バラが散り穴と言う穴から色んな液を垂れ流す自分に戦慄する。


(いやだ・・・・・こんな初めて、いやだ!)


 それは極限だったのだろう。想像の先に行く着くところまで行きついてしまったナオは、もの凄く勝手な想像に自尊心を甚く傷つけられ決死に覚悟を勝手に決めてしまう。



犯されるやられる前にる!!)


「んじゃ、始めっかよ」


 ゴッデスが試合開始の合図を口にした。それはナオにはこれからお前を犯すぞ脳内変換される。


 ナオの眼が血走っていた。純潔の危機に防衛本能をむき出しになる。


 ナオが手にしていた木剣を天に掲げる。それはとても無造作に型も何も無く唯々振り下ろすためだけに持ち上げたとばかりに。


 隙だらけであった。


 狙ってくれと言っているようにしか見えなかった。


 ゴッデスからしたら降参に手を挙げているようにしか見えない。



 だがゴッデスは動かなかった。



 否、動けなかった。



(・・・・・なんだ・・・・・・おかしい)


 ゴッデスは竦んで動かない足と妙な焦燥感に粟立つ自分に驚愕していた。


 目の前の白い哀れなひよっこが木剣を掲げた瞬間、まるで蛇ににらまれた蛙のごとき弱者が強者に対する怯えを感じていた。


 がらがらにあいた胴体、そこに軽く拳を叩き込むだけで簡単に崩れてしまいそうな華奢な女の子。歴戦に歴戦を重ねてきた自分からすれば生まれたてのひよこと何ら変わらない弱き存在。


 なのに、何故。


 ナオからは強者のオーラなど出たりはしていない。それこそ剣を掲げる姿は素人のそれ、脅威どころかふざけているのかと呆れてしまいたくなる。

 これまで一撃で倒れていった受験生たちの方が何倍も経験と才能を感じさせる。




 だけど・・・・・・・・・。



 駄目だ、逃げろ。




 ゴッデスの内側で何かが警鐘を鳴らしている。実戦で鍛え上げた重厚な警鐘を叩き割らんとばかりにガンガンと打ち鳴らす。


 いや実戦で鍛え上げたからこそだろう。


 数々の危機を乗り越えてきたゴッデスだからこそ感じたもの。



 ナオは木剣を振り下ろした。


 ゴッデスと距離にして5メートルほどはあるだろう。


「ぬごぉぉ!」


 ただの素振りの様なそれに、ゴッデスは奇声と共に横に跳んだ。




 そして冒頭の3度目の沈黙が試験会場に訪れた。

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