第28話 どうやらヤバイのは別にいたみたいなんです!

(や、やべぇのがいやがる!!)


 それは彼にとっては驚愕だった。


 まさか自分がこんなにも怯えることになるとは微塵も想像していなかった。


 今までにも身の危険を命の危機を何度も経験してきた彼だが、決して恐れを抱いたことは無かった。どれだけ窮地に陥ろうともそこには絶望など感じた事は無かった。

 なぜなら彼はそれらを脅威とは思っていなかったのだから。



 彼には幼いころから恵まれた体があった。他の子供たちとは隔絶した力があった。だが彼はそのことで胡坐をかいて驕ることは無かった。力を使って弱者を甚振る気などまったく起きなかった。何しろ力が自分にあると知った時に抱いた唯一の興味が自分がどこまで強くできるのか、だったからだ。


 彼にとって他者との差はどうでも良かった。


 だから彼は全ての時間を自らの力を延ばす事に使った。自由も時間も楽しみも、それらすべてを投げうって自らを虐め甚振り鍛え上げていった。他人と関りを持たずひたすらに自らの力を磨いていった。


 そして彼は成し遂げた。


 彼は強くなっていた。


 それこそ何が向かってきても脅威を感じる事が無いほどに。それだけ自信を得るに足る力を身に付けていた。


 彼が拳を振るう。それだけで簡単に敵は排除された。


 彼が脚を叩きつける。それだけで全てのものが崩れ去っていった。


 ただ難点を上げるとすれば、今まで一人で全力をもって鍛え上げてきた所為か、相手の力量を推し量り力を抑えるのが苦手だということだろうか。


 だから彼が力を使った後には何も残らなくなってしまった。


 彼は憂いていた。


 なんてつまらない世の中だ、と。


 何時しか彼と相対せる者が居なくなってしまった。


 いや、軍では無く騎士団であればいくらでもいるんだろうが、それは土俵が違うので彼の本意とはならなかった。

 彼は魔法を純然な力として否定的だった。当然彼にも魔力はある。魔力があるからこそここまで力を増幅させることが出来ている。だがそれはあくまでも自らの肉体の強化の一部で在り、それを事象化させ遠巻きに敵を屠ろうとする魔法とは別物だと考えている。


 彼にとって肉体を使ってこそが力なのだ。


 そんな時辞令が下りた。


 彼の素行を問題視した上司が、少しでも見つめ直す場になればと彼を学院へと推薦したのだ。


 拒否権の無い彼は渋々と受けた。


 だがやはり彼の憂いが消える事など無い。


 何しろここにいるのは弱い子供ばかりなのだから。少し拳を振るっただけで怪我してしまう様な華奢の子供なのだから。


 そもそも彼は弱いものを甚振ることに喜びを感じたりしない。


 だから彼は何時しか授業で自らが指導する事が無くなっていった。


 そして思う。


 あぁ何て退屈なんだ、と。



 これを受けたのはほんの気まぐれだった。


 編入試験の実技模擬戦。


 本来受け持つはずだった担当教員が急な体調不良になってしまい、偶々その場に居合わせた彼が自ら名乗りを上げたのだ。


 他のものは困惑し止めたのだが彼は聞かなかった。


 彼にとっては憂さ晴らしだった。それとここで手加減をして上手くことを済ませれば、もしかしたらこんな退屈な生活とおさらばできるかもしれないとの期待があった。


 彼とてこのままで良いとは思っていない。上司が何ゆえにこの場に自分を送ってきたのかも理解している。

 ただだからと言って全てを受け入れた訳じゃない。そんな矛盾した気持ちが憂さ晴らしとして、抜け出したい足掻きから気まぐれを起こさせたのだ。


 結果は上々だった。


 彼は壊すことなく子供をあしらうことが出来ていた。なんだかんだで今まで子供たちと接してきている経験が生きている。どれくらいで当たれば人が壊れないのかを眼と感覚で身に着けていた。


 問題ない、彼はそう思った。そしてこれで軍に戻り思う存分い力を振るえるとも思った。彼は嬉しさに鼻を鳴らした。



 そして最後のが現れた。


 これが終われば・・・・・・・・そう考えた矢先、その異常な存在に驚いた。



 今まで生きてきた中でこれほど目を奪われる芸術品を見たことが無かったからだ。


 その受験生・・・・少女は銀糸の髪を豊かに流した変わったメイド服を着た少女だった。そもそもなぜメイド服を着ているのかが不思議でならなかった。


 少女はここに集まった受験生の中でも飛び切り小柄で華奢であった。


 彼は思う。


 この少女すら壊すことなく屈服させられれば、それだけ力が制御できているという事。ならば上司ももう大丈夫だとおもってくれるだろう、と。これで暇な生活ともおさらばだ、と。



 彼、は軽く拳を握りしめた。





 だが違った。


 本当に驚く異常性は少女の見た目では無かった。




 拙い・・・・・ゴッデスは本能でそう思った。


 このままでは、と。



 メイド服の少女が木の模造刀を縦に薙いだ。


 空気の悲鳴にゴッデスの背中が粟立った。


 咄嗟に身を捩ってみれば、何かが掠め服が木端のごとく弾け飛んでしまった。何が起きたのか正直分からなかったが、よく見れば地面には細く深い溝が刻まれているのに気が付いた。


(これは何だ?)


 混乱に眉根が寄る。厳ついと評される顔はもうほぼ鬼のようだ。


 ゴッデスは必死だった。メイドの少女が動くたびに命が削られていく気分だった。


(こいつは何だ?!)


 そしてゴッデスは生まれて初めて恐怖した。


 得体の知れない力の前に。


 初めて出くわした脅威の前に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る