第27話 どうやらヤバイのが出てきたみたいなんですけど!

「やぁ、君。そんな端に居ないでこちらにおいでよ」


 他の受験生から距離を置くように佇んでいたナオに声を掛けてきたのは、少年と青年の間くらいの年齢の優男だった。

 他の受験生たちがナオに対してどう接しようかと距離を測っているなか、とても気軽にまるで旧知の中の様に手招きをする。


 少し長めの茶色い髪の青年。垂れ目がちの切れ長の目、その左側の下に泣き黶があり、温和な微笑みと相まって男性ながら色気を感じさせる。

 端整、その言葉が良く似合う顔立ち。さぞかし女性にちやほやとされたことだろう。それに見合うように女性に対しては実に躊躇いが無い。良く言えば人当たりの良い親しみを感じさせる、悪く言えば馴れ馴れしい感じといったところだろうか。



「・・・・・え、私、ですか?」


 そのあまりにも気軽な声掛けに、ナオは自分でないのではと周りを見渡すものの、自分の後ろには誰もいないと知ると、もしやとメイド仕事のわりには綺麗で肌理の細かな肌をした指で自らを指し示す。

 青年は切れ長の目を細め笑みを浮かべると大きく頷づく。更に下がった目尻が美しい顔立ちの彼に親しみを生じさせ警戒心を緩ませるという役割を最上にこなしていく。


「そうだよ、君だよ。ほら皆こっちに集まっているじゃないか。綺麗な花が一輪佇むように咲いているのもいいが、やはり綺麗な花は近くで愛でるのが一番だからね」


 気障ったらしい言葉、だがその青年が口にするとまるで違和感を感じさせない。それは森の中の小鳥のさえずりか草原を駆け抜けるそよ風の囁きの様に、自然で馴染みある当たり前の符丁のようであり、青年の端正な顔と相まって女性を意のままに操る呪文のようでもあった。


 ナオ以外の女性受験生たちはうっとりと頬に紅をさしている。


 そうは、だ。


 ナオはまるでレモンでも齧ったかの様に目や口を顔中心に寄せる。胃の中が逆流するのを必死に耐えているようにも見える。ナオは明らかにこの気障ったらしい優男に対して警戒感をつのらせている。それは更に半歩下がったことで明白である。


「あ、あはは・・・・・・いやそんな露骨に嫌がらなくても」


 流石のイケメンもここまで判りやすい反応には引きつった笑みを浮かべた。だがそれで臆さないのがイケメンたる所以か。


「綺麗なお嬢さんを褒めるのは男としての嗜み・・・・・何だけど、あぁごめんごめん、別にこの場で口説こうとか思っている訳じゃないから、離れていかないで。ほら、同じ受験生同士だし、もしかしたら同じ学び舎で肩を並べる存在になるかもしれない者たちが集まっているのだから、少しでも仲良くなることは君にとっても有意義じゃないかな」


 負けじと褒め称える口上述べようとするが、一言一言口にするごとにナオが一歩一歩と下がられてはもうイケメンも形無しと降参し手を上るしかない。早々に着飾った言葉を脱ぎ捨てさっさと切り替えてしまうあたり少々三下臭が漂うイケメンである。


 ただその真っ当な説得はナオには効果はあったらしい。


 ナオは暫し考えると「確かにそうかも」と思い至ったらしく、無言で頷くと受験生たちが集まる場所へと近づいて行った。その際イケメンを態々避ける様に遠回りをするのはご愛敬というところだろう。


 だがそれは仕方が無い。ナオは前世の奈緒を含めてこの手の男に対する免疫が無いのだから。ナオになってから度々声を掛けられてはいるが基本周りの商店の人やご婦人たちが助けてくれる。一人の時は避けるか逃げるかのどっちかだ。


「・・・・・・・」


 イケメンは遠回りするナオに合わせて顔を動かす。あからさまな避けに眉根をそっと寄せるがその事に対して何かを言うつもりはないらしい。自己紹介すら出来ずじまいであるが、ナオが自分の意見に譲歩くれたので今は良しとするみたいだ。


 多少のトラブルとまでは行かないがイベントを終え試験官を待つこと一〇分。受験生が集まる其の場所に一人の男が近づいてくると場が緊張と驚きに包まれた。


 二メートルは越しそうな巨漢の男。これ見よがしに着ているタンクトップからはみ出した筋肉の隆起が妙に黒光りしている。


 実技試験の試験官。受験生たちの前で極太の二の腕を組んだ筋肉質な大男、【ブランシュ・ゴッデス】は極悪な笑みを浮かべ、受験生たちを見降ろした。


「よぉ、ひよっこども」


 彼の第一声に受験生たちの表情が一斉に強張った。あのイケメンですら緊張の色を隠せていないようだ。


 ドスの効いた声は大き訳では無いのに下っ腹に振動で伝わってくる。驚異のテナーボイスには絶対的な強者の威圧が宿っていた。





「・・・・・まさかゴッデス先生が試験を任されるなんて!?」


 カティーナは驚嘆を隠そうともせず声を荒げた。


 ナオが同じ受験生からナンパされているのを、観覧場から不機嫌に見ていたカティーナだったが、試験官らしき大男がやってくると信じられないとばかりに口元を覆い、瞳を大きく見開いた。


「お嬢様・・・・・?」


 ヘレナはなかなか始まらない試験から見に来ていた貴族たちへと興味と観察の目を移していた。貴族という生き物は唯の応援や観覧だけの酔狂でこの様な場所まで態々出向くことなど無い。況してや今回は従者が大半だ。それであれば猶の事である。何かしらの思惑を抱えてきているはずと考えるのが妥当であり、それが公爵家の令嬢たる隣の主が関係しているのは明白である。現に幾人もの観覧客から隠そうともしない視線がぶつけられている。


 ヘレナは周囲の貴族たちの動向に注意するよう気を引き締めた。


 そんな時だ。突如主である金髪少女が驚きの声を出したのは。


 公爵家の令嬢として育ったカティーナは当然の事ながら声を張り上げるなどはしたない行為はしない。幼少の頃であればいざ知らず、ましてや他の目がある中でなら猶の事だ。例外があるとすればナオがしでかすあれこれに対してだろうか。だがそれだって屋敷内だけであってこう言った公の場に近しい所では無い。


 そのカティーナが声を張り上げ綺麗な眉を歪ませている。


 ヘレナは主の驚愕に困惑をみせつつもその原因を突きとめようとカティーナの視線の先を追った。そこにあったのは受験生となる少年少女たちの中でやたら異彩を放つ大男の姿。思わず癖になりつつある眉間に皺が寄る。


「な、なんですか、あれは?」


 余りに異質な存在にヘレナは思わず失礼な物言いでカティーナに訊ねていた。


 カティーナはちらりとヘレナに眼を向けるのだが、従者の無礼に触れることも無く直ぐに大男へと視線を戻した。


「あの方は、学院で特別教員をされているブランシュ・ゴッデス先生よ。武技の指導をされているのだけど、ゴッデス先生は中等部では無く高等部を受け持っているわ」


 それから噛み締める様に現れた大男について語るが、僅かに声に震えが混ざっている様に思える。


「高等部の教員、ですか」

「そうよ。でも敢えて訂正をすれば教員では無く教員よ。そしてゴッデス先生は軍部の人間でもあるわ」

「軍ですか!?」


 彼は軍の人間だ、その言葉にヘレナは若干目を細めるがそれだけであった。ヘレナとしてもこの学院の成り立ちを知っているので別に軍部の人間が居ることに驚きは無い。


「軍の人間・・・・ゴッデス・・・・・・・・・・・・・っ!まさか」


 ただ【軍】と【ゴッデス】この二つの名が会いまった時、カティーナはその者が何者であるのかを思い出し途端に身を強張らせていた。


「まさか・・・・【崩壊のゴッデス】?!」


 そして驚嘆に喉が震えた。


 ヘレナは着ていたナオとは違い飾り気のないメイド服に皺が寄るほどきゅっと掴み、それからよろよろと訓練場と隔てる壁へと身を乗り出した。


 ヘレナはあり得ないと首を振るって真っ赤な髪を揺らす。


「・・・・・何を考えているのですか、学院は! なぜそのような人物を」

「そう言いたくもなるわね。わたくしも同じ気持ちだわ・・・・・・・・まさかそんな人物がナオの試験に現れるなんて・・・・・・」


 カティーナとヘレナはお互いに向き合った。


 そして互いの手を取り合い。




「・・・・ま、まままま拙いわよね」

「ど、どどどどどうしましょう?」




 慌てふためき、手を合わせたままぐるぐると回る。それからあわあわと口を動かすカティーナをどうしていいか分からずに取り敢えず抱きしめるヘレナ。


 傍から見ていれば麗しき乙女のおちゃめな一面に破顔しそうなのだが、本人たちにそんな余裕など微塵も無い。


 なぜならば。


「な、ナオが死んでしまいますわ!」

「流石にそれは・・・・いえ、あのゴッデスでしたか・・・・・・・無いとも言い切れません。くっ、本当に学院は何を考えているのですか?! 前途ある子供にこの様な仕打ち」


 自分の大事な従者が仲間がわりかし本気で死の危険に晒されている。


 「駄目よ、駄目よ」と喚きながらカティーナはぶんぶんと首を横に振る。ヘレナに至っては手を組んで天に祈りを捧げだしている。


 

「と、止めた方がいいかしら?」

「・・・・・ナオ」



 【崩壊のゴッデス】、それはあまり誇れるものではない異名である。


 曰く、彼の出向いた戦場の跡には瓦礫と肉塊だけしか残らない。


 曰く、彼の拳は万物を破壊する。


 曰く、彼は加減と言う言葉の意味を知らない。



 ゴッデスの異名はそのあまりに苛烈な破壊力で全てを壊し崩し潰してしまう畏怖から来ている。


 軍の主だった任務は今は魔物の討伐と都市の防衛だ。その魔物の討伐の際、相手の強弱に関係なくゴッデスは全力で粉砕する。その拳の一撃を喰らったものは岩の如き頑強さの拳で文字通りの肉塊となり弾け飛び、それだけで収まらない剛拳は地面を陥没させ周囲の物を粉砕すると言われている。


 そう、彼、ゴッデスは紛う事なきデストロイヤーなのだ。


 実際ゴッデスは特別教員となり武技の指導をしているが決して模擬戦は行わない。それが更に噂への信ぴょう性を呼び込んでいる。


 そんな人物が新入生、それもまだ年端も行かない子供たちの実技試験の試験官としてやって来ている。

 それにこの場で行われるのは模擬戦の試験だ。手加減の意味すら知らない破壊の権化と模擬戦するなど死ねと言っているようなものだ。


 かと言ってここで止める事などできはしない。


 これは学院の編入試験。そこには一切権力が通用しない。仮に今ここでカティーナが物言いをつければそれはナオの不合格どころか、学院に権力を持ち出すのかと家の名に傷をつけかねない事だ。


 もうこうなってしまっては祈るしかなかった。


 自分のお気に入りがお気に入り綺麗な顔のまま戻ってくることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る