第31話 試験終了なんですけど!

「はいそこまでですよ」


 緊迫した試験会場にそぐわない気の抜けた声が一瞬で場を支配した。


 初めての激闘の期待に心躍らせたゴッデスも、貞操の危機に決死の覚悟をもっていたナオも、その声が聞こえた瞬間不思議と気勢がそがれてしまっていた。お互いの緊迫していた空気が霧散し、場の支配がその声の主によって塗り替えられるキョトンとしている。

 あれだけ喧騒としていた場外も嘘のように静まり返り、観戦していた者たちの視線もその者へと引き寄せられる。


 編入試験実技の会場となっている訓練場、コロッセオのような円形の闘技場、そこに現れたのは一人の老人だった。


 真っ白な御髪の好々爺しかりとした温和な笑みを浮かべた老人が、曲がった腰に手をあて杖を突きながらと如何にもな様相で歩いてくる。


「ほっほっほ、もうよろしいのではないですかなゴッデス殿。試験としては十分過ぎると思いますぞ」

「・・・・・・・・まぁ、そうかも、ですな」


 温和ではあるがどこか逆らい辛い威厳ある声に、ゴッデスは異論を唱えることなく素直に受け入れる。破壊の権化とも言われた男が、しかもこれだけ戦闘で嬉々とした笑みを浮かべていたにもかかわらずすんなりと受け入れたのは意外以外の何ものでもない。


 そしてその相手であったナオはただ唖然としていた。


「え? え? え?」


 何がどうなったのか分からないが、さっきまでの殺伐としていた筈の空気感が何故だかほんわかとしている事に戸惑っていた。


 周囲をくるくると見渡し状況を確かめるナオ。次第に自分が何をしていたのかを思い出すかのように眉根に皺をよせる。


(お、終わり・・・・・助かった?これでやっと試験が・・・・・試験・・・・・・試験!?)


 そしてはっとしては「そう言えばこれ試験だった!?」と叫びをあげた。


 青天の霹靂とばかりに目口を開くナオ。内心で「やっちまった」と大合唱だ。

 今の今まで試験という状況をきっぱりと忘れていた。どこでどう間違ったか暴漢との戦いだと思っていたのが実は入試の試験だったことに白い肌を蒼褪めさせる。


 その銀髪メイドの絶叫にゴッデスは困惑の表情を浮かべ、


「おい、。これが・・・・・試験以外の何だというんだ?」


 新し俗語を交えて呆れを吐き出す。


 かく言うゴッデス自身も後半は忘れていたのだがそれは今言う事ではない。ただ試験の言葉が出るまで微妙な間があったのはその失態を思っての事だろう。ナオが暴漢との戦闘だと思い込んでいたように、ゴッデスもまた試験とはかけ離れた別な理由で戦ってしまっていたのだから。


「「・・・・・・・・・・・・」」


 ナオとゴッデスが沈黙に見つめ合い、それからふいっと顔を逸らす。互いが言えない理由を胸に秘めこの場は無かったことにしたいらしい。






「お、お嬢様・・・・・もしかしましてあのお方は・・・・・」

「えぇヘレナ。まさかいらっしゃるとは思っていなかったけど・・・・・・・助かったわね」


 次々と目まぐるしく状況が変わる専属メイドの実技試験。今日何度目か分からない驚きにヘレナとカティーナは目を丸くするも、それ以上にナオがこれより暴れることが無くなったことに、二人は格差を感じる胸をほっとなでおろした。


 だがすぐにカティーナは首をひねる。

 本来こういった場に現れる事の無い人物なだけになぜ今日に限って現れたのかが不思議だった。


(ゴッデス先生が試験することが心配で?)


 それならあり得るかもと考えつつも、心配してくるくらいなら別な先生にしてほしいとも思いなが妬みの視線を老人へと送った。


「それにしても学院長自ら現れるとは思ってもみなかったわ」


 ナオとゴッデスの試合を止めた好々爺、それはこの国の重鎮の一人でもあり、同時にこの学院の最高責任者となる学院長の【ロドリアート・ヘイル・ポスマティス】である。


 カティーナは自分の通う学院の最高責任者に文句の一つでも言いたいところであるが、そんなことはカティーナの立場が許さない。公爵家の令嬢であるカティーナであってもこのロドリアートには物申せる立場にはないのだ。


 そんなカティーナから突き刺さる視線を受けるロドリアートはのんきなものだ。「ほっほっほ」と温和な笑い声をあげながらそ知らぬ顔でゴッデスとナオへと近付いていく。一見すればただの身なりの良い温和な老人。だがその本質はかつて初代たち以降歴代最強とまで言われた王獅騎士団の元団長でもあり、現役を引退してからは若者の育成をと自らが名乗りを上げて学院を立ち上げた立役者でもある。


 「生ける伝説」「原初の騎士の先祖が還り」などかの老人の武勇は後を絶たない。


「・・・・・・何れにしても問題になる前でよかったわ」


 ロドリアートの本意は得られそうにも無いが、それでもナオが実技試験で問題を起こさずに終わってくれたのは良かった。あのまま試合が続けば下手したら死んでいたかもしれない、そう本気でカティーナは思っていたからだ。


「そうですね、お嬢様。あの子は


 ヘレナの表現も大概にして酷いものだがそれでもナオの事を心配しているのはその表情からは良く分かる。

 だが言っていることは良く分かる。破壊の権化たる軍最強の男を年端もいかな少女が倒すなど人外以外の何物でもない。しかも魔法を使ってならまだしもこれは肉弾戦だ。結果はどうあれあの程度で止まってくれたのは僥倖であったと言える。





「いや~ほっほ~、お嬢さんは中々面白いことぉしとったのぉ。わしも年甲斐もなく楽しんでしもうて止めるのが間に合わなくなるところだったわい」


 顎髭を摩り然も楽しそうに語る老人に、話しかけられたナオはどうしていいものかと目を泳がせていた。

 ただ試験官である強面の筋肉がこの老人に対して従っているのは分かっているので、きっとここのお偉いさんなのだろうとは思っている。


「え、えっとぉ。楽しんで頂けて何よりです、へへ」


 ただ如何せんナオはあほな子である。礼儀作法は一通り学んでいるものの咄嗟にそれが出てこない。人懐っこい笑みを浮かべ頭を手で掻きながらへこりと下げるあたり下っ端感満載だ。しかも返しの言葉のチョイスもおかしい事に気が付いていない。


「ほっほっほ、ほんに面白い子じゃのぉ」


 だがロドリアートはその事に目くじらを立てる気はないのか、孫を可愛がる老人の如き目を細めるだけで咎めはしなかった。



 こうしてナオの実技試験の一つ模擬戦は、良く分からないうちに終わりを告げたのだった。

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