第32話 魔力ゼロなんですけど!
「はぁぁぁぁぁ・・・・・・・・」
どんよりと影と肩を落とし盛大に幸せを逃がしていたのは銀髪の美しきメイド、ナオである。
ここはレヴァナンス公爵家の王都別邸。公爵家の令嬢であるカティーナ・レヴァナンスの進学に合わせ、領地からこちらへとカティーナとその御付数名が移り住んでいる。
ナオはカティーナの専属メイドとして一緒についてきた。毎日お嬢様を甲斐甲斐しく?お世話をしたり時に(仕事を放棄して)談笑を楽しんだりと平和な日常を過ごしていた。
だがひょんなことから、と言うよりは自業自得なのだが、カティーナが通う第一学院に常識を覚えさせるため従者枠で編入をさせるとカティーナから宣告。そして編入試験を先日受けた、のだが。
ナオは試験を終え別邸に戻ってきてからというものずっとこの調子だった。
「ちょっとナオ、確りしなさいな」
そんな専属メイドに叱責を入れるのは主人でありこの部屋の主であるカティーナだ。
カティーナは耳元の琥珀色の髪を指で掻き流し、その際肘が自己主張の激しい胸部をついでにたわませつつ、いつまでもウジウジとする自身の専属メイドに呆れの眼を向ける。厳しい主人にナオは「だってぇ」と情けなく目で縋る。
あのゴッデスとの波乱の試験から早三日。もういい加減立ち直ってもらわねばカティーナとしても鬱陶しいことこの上ない。
「編入は問題ありませんわよ・・・・・・・多分」
「その多分って絶対ダメなやつだ!」
とはいえ励まそうとするカティーナだが彼女はとてもまじめな性格だ。例え善意のであっても嘘偽りが言えないのは、彼女にとって美徳でもあるのだが貴族としては些か問題だ。その躊躇いの言はすぐに銀髪のメイドに見破られ更にへこませる結果となる。
「ほ、ほら、あれよ。あのゴッデス先生相手に善戦はしてた訳ですし、筆記は・・・・・まぁそこそこは出来ている、でしょ。ね、だから、ほら・・・・・・・ね」
些か弱弱しくも何とかポジティブな意見を述べるカティーナだが尻すぼみ感が半端じゃない。聞いているナオの表情がどんどんと暗くなるのだからあまり効果はよろしくないのは間違いない。
筆記試験は少々出来が今一だったがそれでもダメと言うほどではない。正確な判断基準が分からないナオとして不安は在れど、正直そこまで気にはしていない。
ただその後の実技がよろしくない。
ナオだってゴッデスとの試合はほかの生徒と違って負けてはいないことは加点だと思っている。突如現れた学園長からも「おもしろい」と言われたのだからそれなりに評価されていると思いたい。
ただナオは試験だということを忘れて暴れてしまった。暴れすぎてしまった。
後々冷静になって闘技場をみたら地面が割れているは壁に穴が開いているはで酷い惨状だった。
しかもナオは本気でゴッデスを殺す勢いで向かって行ってしまった。その悪感情がどう判断されるか分からないが、危険人物だと思われたに違いない。
さらにその後も問題だった。
「だって魔力ゼロですよ、私・・・・・・・」
「そ、そうね。それは以外、だったわ・・・・」
そう、ナオはもう一つの実技試験である魔力測定で魔力無しと判定されたのだ。
基本的魔力は誰でもが持っている。ただその大小は人それぞれで魔法を発現できるほどの魔力を持っているものはごく少数しかいない。その大半は英雄たちの血を引く貴族。平民だと貴族から平民落ちした者たちの子孫が偶にいるくらいでしかない。
だが魔力無しはほぼいない。
だというのに魔力測定は全く反応を示してくれなかったのだ。
これには試験会場にいた誰もが沈黙した。何故かその後も試験についてきた学園長と模擬戦を行ったゴッデスも沈黙していた。
無言の試験会場は異様な雰囲気のまま終了と相成ってしまった。
「だから無理なんですぅぅぅぅ!!」
そのことを思い出しオイオイとカティーナのベッドに勝手に突っ伏して泣きわめく。それを「仕方ないわね」とやさしく背中をさするカティーナ。どっちが主人でどっちが従者かまるで分からない。
「でもね、騎士でなければ魔力はそれほど関係はないのよ。だからナオだって十分試験を通れるとわたくしは思うわ」
「それほどですよね。私ゼロですよ。無しですよ。魔力持っていないんですよ。それでもいいんですか」
実際問題従者としての入学であれば魔法は使えなくても構わない。騎士の手助けとなる能力さえ持っていればいいので、身体能力だけでも十分ではある。
ただ優れた身体能力と言うのは単純に体を鍛えて得られるものでもないことは周知の事実だ。ただの人間が鍛えただけで出せる力などたかが知れているからだ、そんなものでは騎士の助けどころか足手まといにしかならない。なら何が騎士の従者と慣れるほどの身体能力に貢献するのか・・・・・・それは【魔力】だ。
魔力を体内に循環させることによって耐久性や筋力を底上げすることが出来る。ゴッデスも魔法は使えないがその魔力量は多く、彼の脅威の身体能力は見た目の筋肉では無く魔力での強化で得られている。
ナオにはその魔力が無かった。
それは唯の人という枠組みから出られない、謂わば戦闘に関しては無能に等しいことである。
カティーナ自体これは想定外のことだった。
今まで見てきたこと、聞いた話、それらを合わせればナオの身体能力は異常の一言につきる。
サイクロプスと戦ってきた。庭で分身して見せた。ゴッデスと正面からぶつかり合った。そのどれもが常識ではありえない事。
だからカティーナはナオが魔法は使えないにしても魔力に関しては多いだろう、そう予測すらしていたのだ。いやそうで無ければ辻褄が合わない。
なのにナオの魔力はゼロ。
これには常識を常に覆してくるナオにしてもあまりに逸脱した結果。魔力無しであの能力はもう人なのか疑うレベルになってくる。
(あれを魔力無しの素で行うですって? 冗談も性格だけにしてほしいですわ)
だからカティーナは何かの間違いなのではと考えている。
実際試験のあと試験官に再調査の依頼を出した。
その結果は来ていない。それがカティーナの励ましが今一の理由でもある。
おいおいと泣くナオにカティーナは打つ手なしと天を仰いだ。
そこでふと妙案が浮かぶ。
「ナオ、明日はあなたお休みしなさい」
「・・・・・・え? 何で、です?」
カティーナのベッドを濡らしていたナオが顔を上げ、突然の申し出に意図がつかめず不信の目をあろうことか主人に向ける。
そんなナオの不躾すぎる行動にカティーナはなれたもの。一切意に介するそぶりも見せずにそれどころか優しく笑みを浮かべる。
「わたくし、明日は私用で出かけますの。ヘレナが付いてくれる予定ですのでナオは時間が空きますわ。試験勉強とかで最近ゆっくりとできなかったでしょう。丁度良いですから明日はゆっくりとお休みなさいな」
「・・・・・・役立たずはくび、ですか!?」
「ちが、誰もそんなこと言っておりませんわ!」
恩情の処置にナオはとんでもない誤解をする。カティーナは予想外な返しに焦りオロオロとしながらナオの両肩を掴んだ。
「でも私・・・・・・・・・あ、なるほど、分かりました。明日は私お休みにします」
しゅんとしていたナオだが何か思い立ったように目を見開き、それから急に物分かり良くなる。
「ナオの素直さが不安でしかないのは何故かしら・・・・・でも、ええ明日はゆっくりと休んでまた元気なナオにお戻りなさい・・・・・・あ、でもほどほどに戻ってね」
ナオの変わり身に不安しか募ってこないカティーナではあるが、ナオが少しでも元気を取り戻したのでとりあえずは良しとする。最後に付け足すお願いに上目使いは可愛過ぎるとナオは思った。
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