第40話 まだ居たんですけど!

「うん、やっぱり探そ・・・・・ん?」


 ナオがエントランスの吹き抜けから下を見下ろした時、探していた二人の姿を発見した。しかしその表情には見つけた喜びよりも警戒の色が強く帯びていた。

 確かに二人は見つかったのだが、同時にも見つけてしまったからだ。


「あれは・・・・どっちとも、違う?」


 カティーナとヘレナがいてそこに男が三人集まってくる。だがナオが表情を険しくしたのはその男三人に対してではない。

 カティーナの護衛についてはナオも良く知っている。特に隊長であるテルガーには頻繁に怒られていることもあって非常に馴染み深い相手でもある。

 ならナオは何に対してこうも警戒の色を強めているのか。

 それはカティーナたちから少し離れたところにいた。


 帽子を被った黒づくめの男。


 光沢ある黒革のライダージャケットに同様の素材のパンツ。派手さや厳つさは無い。どちらかと言えばそれをおしゃれに着こなしている感じだ。

 身長は周囲と比較しても結構高めのようで、遠目からでもスタイルの良さがわかる。その所為か周囲の女性がチラチラと視線を送っている。


 男は柱に凭れ掛かっていた。その雰囲気や行動に不自然な所は無い。多少目立ってはいるが逆に言えばそれだけの話しで、一見して怪しいと思う事は無いだろう。


 だがナオのお嬢様センサーは反応を示した。


 誰かと待ち合わせをしている、そんな風にも見える男。辺りを何度も見渡したりしている。だがその視線を送る場所によって少しだけ偏りがある事をナオは直感で気が付いていた。

 男はカティーナの方向に視線を向けた時だけ空気感に鋭さが増していた。


 一般人では分からない。それこそカティーナの護衛である三人も男には一切警戒どころか気付いていない様子だ。


 だがナオは確信している。

 あれはお嬢様に対して何かある、と。


 それは唯の恋慕の情、或いは美しき少女への欲情だけなのかもしれない。現にカティーナとすれ違う男は何人も同様に視線を惹き付けられている。

 だがナオの感じ取る男の雰囲気に「あれは違う」と警鐘が鳴る。


 あの出会った変質者のどちらかかとも思ったが、どうやらそれは違っていそうだ。

 帽子を深くかぶっているのでナオの位置から顔は確認できないが、不審者であっても変質者の感じは受けなかった。


「むぅ、お嬢様を守らなくては」

『ナオ?・・・・ふにゃ!』


 しかしだからと言って放置するという選択肢はナオには無い。

 あのトイレに出没した変態も、いざカティーナが襲われるとなれば、ナオは躊躇いなくぶっ飛ばす事だろう。


 妙に決意の籠るナオの言葉にアストロフィが怪訝そうに顔を覗き込んだ次の瞬間、ナオが猛スピードで動き始めた。アストロフィは振り落とされない様ナオの衣装に爪を立て必死にしがみ付いた。





 男がここでと出会ったのは偶然だった。


 まずは必用なものを揃えようかと大きな店に入ったのだが、入り口のところで偶々それを耳にしたのが切っ掛けだった。


『噂の【】が来ているらしい』


 それは男にとってとても重要な事であり、男がこの国にきた理由でもあった。


 男はすぐさまを探した。だが人の数があまりに多すぎた。

 だから男は必ず通る筈のエントランスでを待つことにした。


 その時は意外に早く訪れた。


 待つこと数十分。一際目につくが供を連れて現れた。


 一瞬飛び出し掛けた体を逸る気持ちと一緒に押し込め、慎重にと周囲の様子を窺う。

 最初は女性二人だけだったがどこからともなく三人の男が現れ付き従った。


(護衛か、危なかった)


 あの時勢いに任せて飛び出していればいざこざになったのは間違いないだろう。


(優秀な護衛だ。全く気が付かなかったよ)


 背に流れる冷や汗を感じながらから直接は見えない位置へと体をそれとなくずらし、護衛達に気付かれない様に身と気配を隠した。


「なるほど、あれが・・・・・・」


 視線をさり気無くに向ける。

 思わず感嘆の声が漏れてしまった。


 【光の娘】その形容が良く似合う美しさがにはあった。

 男がを見たのは初めてだ。だがが自身の耳に届いてきていた【光の娘】であると一目で分かるほど隔絶としていた。そしてそれは何も単純に姿形だけを差してそう確信している訳では無い。

 から感じる大きな力の本流が唯人であることを否定していたからだ。


(何て大きなマナだ)


 男とはそれなりに離れている。だが男の所まで感じ取れるほどは大きく強かった。

 魔法士でなければ感じることの無いマナ。男もまた大きな適性を待っているがための圧倒的な強さを感じ取っていた。


 やはりそうなのか・・・・・男の感情が揺らぐ。

 かもしれ相手が直ぐ手の届く位置にいる、その想いが男の表情に哀愁をもたらす。

 だが今ここを出て行く訳にはいかない。出て行ってはいけない。


 男は拳を強く握りしめ耐える。


(彼女は立場ある人物だ。迂闊な事は出来ない)


 気持ちを静め冷静さを取り戻す。


 そんな折だ。何やらの周りが慌ただしく動き始めた。

 何かを言い合っているのだが流石に男まで声は届かない。

 そうしているうちには動き出した。

 どうやら店から出るらしい。

 ただその足取りは早い。何やら急いでいるのかもしれない。


 男は焦った。


(拙い。彼女はだ。魔導車に乗られたら追いにくくなる)


 男も顔を隠すように帽子の鍔を深く下げると、急ぎ、カティーナを追って歩き出した。見つからない様に人混みに紛れながら。



 男の懸念は杞憂に終わった。どうやらまだ行くところがあるらしく、カティーナたちは徒歩で別な場所へと向かっていた。


 これならまだ大丈夫、そう安堵に胸を撫でおろし男は建物の陰に身を潜めた・・・・・・・・その時だ。


「不審者、だめ。ストップストーキング!」


 どう見ても怪しいなりをした女の子が意味不明なセリフを吐きながら突如として男の目の前に現れた。

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