第39話 もう、なんですけど!

 カティーナとヘレナは買い物を済ませ店を出た。

 今日の人の出はやはり多いのか、エントランスの人の流れは滞りよそ見をしていたならばぶつかってしまう。

 そんな人混みを三人の男がするりと抜けて来くると、為以来なく二人の近くにやってきた。


「お嬢様の後のご予定は?」


 髪をオールバックにまとめ上げた三〇代中盤くらいの、清潔感あるナイスミドルが静かな雰囲気そのままに声を掛けてきた。


「最近できたというパティスリーに立ち寄ってから帰ります」


 ナンパにしては礼儀正しい男の突然の問い掛けに、出来る女を体現したような赤毛の美女は怯えも驚きも一切見せることもなく、ぴんと伸ばした綺麗な背筋で平然とした装いで返答する。

 すると今度は軽薄そうな薄い笑みを浮かべた別な男が口を割り込ませる。


「あぁ街のたちが噂してたっすね。人気らしいっすよ」

「えぇ知っています。既に訪問の意は伝えてありますので大丈夫です」

「あ、そうっすか。そう言えばさっき中で騒がしかったの、何だったんすかね?俺っちのとこからじゃあよく見えなかったもんすから気になって」


 シャツのボタンを上半分開いたままで肌をさらけ出す男。シャツの柄もかなり派手だ。一見すればしがないチンピラにしか見えなく、先ほどの物静かな男とは対照的だ。


 彼らは唯ナンパしに来た男たちではない。彼らは全員レヴァナンス公爵家の護衛である。

 オールバックの男がここ王都別邸の護衛隊長を務めるテルガー。そして軽薄そうな男がウィルキンスでそしてもう一人まだ喋っていない大男がドーバンと言う。

 さすがに公爵家の子女であるカティーナが出かけるのに護衛無しと言うわけがない。

 店にいる間は少し距離を開け民間人に紛れて見守っていたのだ。

 

「気にはなりましたが私たちも近付いていませんので、何があったのかはわかりません」

「その判断は護衛としては助かります。自分らもこの人の出でしたので離れる訳にはいかず確認はしておりません」


 ヘレナが自分も分からないと首を振ると、テルガーは僅かに口元に弧を描きヘレナに謝辞を述べる。

 カティーナたちも護衛達も騒がしかった場の近くにはいたのだが、それを態々確認するまでには至っていなかった。カティーナとヘレナに関しては敢えて避けたのだが。


「トラブルって感じにはみえなかったっすね。どっちかと言えば・・・・歓喜の声っぽかったと思うんすが」

「それでもあの場に飛び込むにはあまりに人が多すぎた。店内で離れていなければ誰か一人に身に行かせたが、あの時は出来るだけお嬢様のお時間を守りたかったからな」


 カティーナ自身が護衛をぞろぞろ連れて偉そうに歩くのを好んでいない。高位貴族としては非常に謙虚な性格をカティーナはしている。

 ただその見た目や口調がゴージャスなため、カティーナの為人をよく知らない平民や下位貴族からしたら近づきがたい雰囲気があるので誤解されやすい。学園でのみんなの対応がそれだ。

 屋敷にいるカティーナの側近たちはその事をよく理解している為、多少手間がかかってもその意向に沿わない行動は控えていた。


 店内で騒がしくなった状況を誰も分からず首を捻っていると、護衛最後の一人でこの中では飛び抜けて大柄なドーバンが口を開いた。


「客が『使』と言ってた」


 のっそりとした重低音が場に広がる。抑揚の少ない簡素な語り口は正に大男のイメージにぴったりに思える。

 しかしその発言内容はなかなかにしてファンシーに聞こえた。

 2mを超す大男が『天使降臨』など物凄く似合わない。

 ただそれ以上にその言葉は大男以外の面々の顔に深い皺を刻ませることとなった。


「っ!?」


 息を飲む様に声を漏らしたのはカティーナだった。

 その表情はすっぱいものを口にしたようだ。驚きや困惑と言うよりはどちらかと言うと諦念の様な感じを受ける。

 その斜め後ろではヘレナが額に手を当て天を仰いでいる。


 二人の美しき女性の態度もさる事ながらテルガーとウィルキンスもまた違った反応を見せている。

 テルガーはまたかと言うように腰に手を当て息を吐き出し、ウィルキンスは一旦目を見開いた後、さも楽し気に口元を上に持ち上げた。

 よく見るとドーバンにも変化があった。

 ここに現れてから無表情と呼ぶに相応しい能面面だったのだが、心なしか柔らかい笑みを浮かべている・・・・様に見えなくもない。

 

、ですか」

「天使降臨なんて表現されるのはそうじゃないっすか」

「想定はしていましたが、やはりそうなんでしょうか」

「やめて・・・・面倒ごとは今日はいやなの!」


 テルガーが思い描くように視線を上げ曖昧な表現でそれを伝える。しかしそれは全員同じ想像に至ったのだろう。全員の意思疎通で出来ているようだ。

 ウィルキンスが軽い感じに肯定し、ヘレナが認めたくなかったと肩を落す。カティーナは可愛らしく耳をふさぐと嫌々と頭を振るった。


 思い当たったのは全員ある一人の少女の姿だった。


 この場にいる全員が馴染みのあるいつも問題の中心になる人物。

 愛嬌があり人当たりも良く天使降臨という表現を一瞬でマッチングさせてしまう程の見た目をしているのだが、その行動があまりに突飛すぎるため怒られる姿をしょっちゅう見掛けるという稀有な存在。


 それはカティーナの専属メイドであり、屋敷で一人カティーナの思い付きによりゴスロリメイド服を着させられている少女。


 そう、言わずもがなナオである。


 カティーナやヘレナだけでなくここに居る護衛の三人もまた、ナオの引き起こす騒動には度々巻き込まれてきている。

 それがあるが故の安定した逆信頼感が『騒動=ナオ』の図式を作り上げていた。

 

「無いと思いたいですが、それは些か愚考ですかな」

「お嬢様、未確認ですのでそうと決まった訳では」

「あの子よ、あの子以外ないじゃない!!」


 血走るカティーナの叫び。

 護衛三人とヘレナが難しい顔をする。


「もう今日は大人しくしているんじゃなかったの・・・・いえそもそも屋敷を出る時から怪しかったのよ。あんな素直にわたくしを見送るような扱いやすい子じゃないもの。何か企んでいるとは思っていたけど、もう、もう!」


 怒って肩を落してそしてまた怒る。忙しなく感情を変えていくカティーナからでるナオの評価は中々酷いものだ。

 それを聞いている周りの面々も納得顔をしているのだから、ナオの郷は深海より深い。


「メイド長」

「ヘレナ姉さん、やばいっすよ」


 だがこんなお嬢様をいつまでも民衆の前にさらけ出すわけにもいかない。

 黙っていても目立つカティーナの容姿。そこに鮮やかな赤髪の美女とバラエティー豊かな男が三人も固まっていれば嫌でも目に付く。

 だからと言ってこんなお嬢様を男性陣が何とか出来るはずも無く、すがるような眼をヘレナへと向ける。

 「あの子がからむといつもこうよ」と苦々しく吐き捨てたヘレナはカティーナの肩をそっと揺する。


「お嬢様、見なかった事にすれば大丈夫です」


 何が、そう問いただしたい事であってもそれが最善だろうと男たちが納得する。


 そしてカティーナはヘレナに背中を押されながらその場を立ち去ったのだった。






「なるほど、あれが・・・・・・」


 それを物陰から一人の男が見ていたとも知らずに。

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