第42話 由々しき事態なんですけど!
「何ものだ」と問われて大喜びに「忍びだ」と胸を張って答えた直後、ナオは想定外の事態に慌てふためいた。
(ちょ、ちょちょ、ちょっと・・・・・これ、何ですかこれ?・・・・え、あれ)
帽子を目深にかぶった不審者と思しき男。カティーナをつけていた所を追ってきて、人気のない物陰に潜んだタイミングを見計らって対峙したまではよかったのだが、いざ男と正面から向き合った瞬間この状態に陥った。
(このキャラ・・・・・・・・なんてイケメン!)
不審者の顔がとんでもなく偏差値が高かった。
確かに遠目から見た時にスタイルが良いなとは思っていたのだが、まさかこれほどまでの崇高な顔の作りをしているなど予想だに出来なかった。
濃紺の瞳は切れ長で色気を誘いながらも独特な影を帯びたキレがある。
高く通った鼻筋は顔の中心を確りと描き、シャープで線の細そうな顎のラインが中性的な印象を与える。
それは正に美術のモデルの様な顔立ち。
だが、ただイケメンってだけであればナオもこれほど狼狽える事は無かったのだろう。
しかしこの男はナオの琴線のふれる大きな特徴を持っていた。
男の髪色は黒かった。
それも黒系では無く光を吸い込む様な漆黒。
帽子で全体は隠れているが襟足や耳元からのぞくだけでもはっきりと見て取れるほど濃い黒。
この国では黒髪の者は非常に珍しい。いたとしても目の前の男のように完全な黒髪にナオは出会った事がない。あるのは焦げ茶やグレーと言った混じりのある色合いばかり。
だが男の黒髪は違う。
それは日本人を訪仏とさせる黒だった。
前世の記憶が混同したナオは日本人としての感覚が非常に強くなっている。当然ながら黒髪に対する親近感や懐旧の念がある。確かに顔の彫の深さや造形に関しては日本人のそれとは全く違い完全西洋系だ。だがそれでもナオの中では黒髪というだけでも特別に思えてしまう。
男は十代中盤から後半くらいに見えた。少なくとも二十代ではなさそうだ。
細身に思えるが袖から覗く腕は中々筋肉質で、筋張った手首などは男の色気を存分に漂わせてくる。
そんな黒髪のイケメンを前にして思わずナオの乙女な一面が顔を覗かせる。
ごくりとはしたなく息を飲んだナオがふと思い出す。
(そう言えばヒロサガの中でも黒髪が居たかも)
それはかつて奈緒が嵌りまくったゲーム、ヒロインサーガ。
この世界はそのゲームと瓜二つのように酷似している。
まだナオが知っているシナリオにも突入していないが、登場人物や世界観などは一致している。若干半信半疑なところはまだあるものの、ナオはこの世界とゲームの世界は同じであるとある種では確信している。
そんな世界と同義なゲームの中、そこもやはりこちらと同じく派手な髪色の人物ばかりが登場している。一番派手なのはやはりメインヒロインであろう彼女。その髪色は驚きのピンクだ。
そんな派手毛髪ばかりの世界で黒髪の登場人物が何人かいた。
(・・・・・・グスタイル帝国人)
ナオが居るトラヴィス王国と隣り合っている大国。大陸の大部分をその手に有しどこよりも強大な軍事力を持っている皇帝の独裁国家。歴史が古く英雄に端を発するトラヴィス王国とは対極に、戦を繰り返し小国を喰い潰して覇権を伸ばし急成長した新興国でもある。そしてここトラヴィス王国の仮想敵国にして、ゲーム内での悪役的役回りの国家でもあった。
そのグスタイル帝国内のキャラクターは黒髪が多かったのだ。
しかし、とナオは男を見て首を傾げる。
そこまで思い至ったのだが、ナオにはどうしても腑に落ちない部分が一つあった。
(私・・・・・・・このキャラ知らない)
そう、それは目の前の男の顔をナオが知らない事だ。
普通に考えればそれは別に何もおかしくは無い。ナオがこの世界の万人を知っている訳では無いのだから知らない相手がいる事に何の不思議もない。ましてやそれが別な国の人間であるのならばなおさらだ。
だがナオはこの世界でのある理と言うか心理を妄信している。
ナオとしてはこの世界は現実でありながらゲームでもある。その中でナオの抱くこの考え方はゲームからきているものだ。
何しろヒロサガは恋愛シミュレーションゲームだ。それには必ず順守されるべき法則が存在している。
それは『すんごい美形は主要キャラ』だと言う事。
主人公クラスの者たちやそれを固める主要な登場人物に共通する事、それはビジュアル画が素晴らしいという事。
そもそも可愛くない相手と恋愛シミュレーションをしたところで面白くはないのだから当たり前だ。こうして現実となってもカティーナのビジュアルはゲームで見たビジュアル画と比べても何の遜色も無い。ナオはまだ出会ってはいないが学院に居る第二王子や公爵家子息なども同様である。
つまりそれは美形は皆ゲームの重要人物であるとも言える(ナオ持論)。
そしてゲームをやり込みにやり込み抜いたナオに知らないキャラクターはいない(ナオ自称)筈だ。
なのに、なのにである。
ナオはこの目の前の美形を全く知らない。見た記憶がない。
これは奈緒にとって由々しき事態である。
何しろそれは、奈緒がヒロサガをコンプリートしていないに等しい宣言であるからだ。
カティーナに関しては本当にあるかどうかすら怪しいルートだった。実際ネットの住人たちですらカティーナルートを見付けられなかった。公式では明言こそ避けていたが、それは単にある様に思わせて期待値だけを伸ばしたといった意図を感じないでもない。
ナオとしては現実世界となったからこそ大好きなカティーナを幸せにしたいと意気込んでいるが、ゲームとして本当にカティーナルートがあったのかと問われれば否と答えるかもしれない。
だからコンプリートにカティーナは含まれていない。
だがこの男はどうだ。
キャラが判らないなど持っての他だ。
しかもこのビジュアルでモブは無い(ナオ持論)。
ならば何だ?
「ま、まさか!?」
そこでナオがハッと気づいた。
だがその思い至った、至ってしまった考えはナオのヲタクアイデンティティを甚く傷つけるものだった。
ナオはガクリと崩れ落ちる。
「そんな・・・・・そんな馬鹿な!」
吐き出された無念は今にも吐血でもしそうなほど強い。
それだけこの事は奈緒にとってショックであった。
ナオは地面を叩きつける。
そして悔しさに項垂れこう叫ぶ。
「まさか隠しキャラがいたなんて!!」
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