第7話 この世界の事を考えてみたんですけど!
「とんだ誤解を受けてしまった。まさか百合を疑われるとは」
そう言いながらも満更でなさそうな顔で竹ぼうきをせっせと走らせるナオ。寧ろそれを想像して顔を赤らめ身もだえる辺り本気で満更でもないのかもしれない。
「ままま、まさかそれはできませんよぉ」
妄想を過熱させるとつられて箒を振る速度も上がっていく。カティーナもそうだがナオも相当こじらせているのかもしれない。
カティーナはあの後逃げるようにその場から駆け去り、待たせていた車に乗り込むと、そのまま学園へと去って行った。
残されたナオはヘレナからお説教と倫理観に関するお勉強を強いられたのだが、今のナオを見る限りヘレナの徒労で終わってしまったようだ。ヘレナの苦悩はまだまだ当面続くこととなるのだろう。
ピンク色の思想にどっぷりとはまっていたナオがハッとし頭を振るう。
「はっ、いけないいけない、今はそんな事を考えている場合じゃなかった」
口元できらりと光るお汁をダイナミックに袖で拭い、ナオは器用に箒をうごかしながらも思考を巡らせる。
「取り敢えずここがどんなところかは分かったから、どう動くかが今後の問題ね。ストーリーは他で把握しているから、それをもとにバッドエンディングに向かわないよう私が手を加える・・・・・ふむ、これはなかなかなハードモードですよ」
やれやれと言った感じに頭を振る。その時見えた自分の服装にナオの細眉が大きく歪んだ。
「・・・・・・てか何で私メイドに転生しているんだ?普通こういうのってメインキャラか悪役令嬢ってのがセオリーじゃないの?」
言っておくが今ナオは一人で玄関から門までの間を掃き掃除している。この場に誰がいる訳でもない、たった一人での作業だ。
詰まりはこれはナオの独り言。
だがその音量はかなり間違っている。
これが広い屋敷の敷地でなかったならば周辺住民から奇異の目を向けられ噂が立っていた事だろう。
「モブじゃん。超モブじゃん、てかモブにすらなってないじゃん。私このメイドキャラ見たこと無いんだけど、出てた?」
そして竹ぼうきを地面にたたきつけ怒りを表現。地団太を踏む姿はその容姿とのギャップが激しい。容姿だけなら神秘的な妖精さんなのだ。
ナオが憤慨している理由はこうだ。
コアなハードユーザーであるナオが眼にした事のないキャラ。それは端的に言えばゲームに登場していないキャラという事。
それは設定上は存在しているかもしれないが、余計な予算を使うので実際には描かれる事の無い仮想風景の様な存在。それはもうモブとすらもいえないだろう。
結果ナオのゲーマーとしての矜持が、そのようなキャラになってしまった自分に納得できないと不満を爆発させたのだ。
「せめて出てきたキャラにしてくれよぉ!」
ナオは箒と格闘をすること数分、やっと落ち着きを取り戻し、というよりは体力不足で疲れたナオが、肩で息を切らしていた。
「はぁ、はぁ、ま、まあいいですよ。百歩譲ってそれは受け入れましょう。こうしてメインのお嬢様のそばにいれるのですから、ある意味僥倖だったと思えなくもない。こうして間近でノンクリのメインキャラを見ることができるのだから、色々と動きやすいし・・・・・・そうだ、超モブキャラならそんなに目立たずに陰でこそこそと・・・・・」
そこまで口にしてナオは押し黙る。
一体これは誰の所業なのか分からないが、どうしてこのようなゲームの世界が作り出され現実として成り立っているのだろうか。
世界五分前説などあるが、それに近い世界なのかもしれない。でも、それでも現にナオはカティーナに触れ、一五年この世界で暮らしてきた記憶もある。それを無しにして夢だなどと語れるほどナオは楽観視していない。
であればだ。
「ミスは許されませんねぇ」
これは現実、ゲームの様にやり直しは効かない。
「何か間違えればお嬢様は確実にバッドエンドを迎えてしまう」
ナオはゲームで見たカティーナを思い出すと沈痛な面持ちで首を振った。
「それは出来ない。あの可愛いお嬢様にそんな嫌な未来を味わわせることなど、この私が許容できない」
だからナオはやらないといけないと決意する。
ギュッと竹ぼうきを握りしめ、カティーナの未来を救うために。
そしてあわよくば最高のエンディングを迎えさせるために。
「その為に回避しないといけない大きなことは二つ」
それはゲーム内におけるカティーナの分岐点。
「帝国のくそ爺との見合いをぶち壊すこと。お嬢様をあんの好色爺の好きになんてさせるもんですか」
そんな好きでもない、況してや
だがカティーナにとっての最大のバッドエンディングはそれではない。
それは一見すれば幸せな事にも思えるが、実際にはとてもえげつない内容だ。それがこの【プリンセスサーガ3】の最大の山場であり、このカティーナの攻略の難しいところ。
「それだけは回避しないと」
【プリンセスサーガ3】は唯の恋愛シミュレーションじゃない。これはRPGのバトルを重んじた世界であり、恋愛シミュレーションはその中でのスパイスでしかないのだ。
だから当然敵がいる。主人公たちが戦う最後の敵が。
「友人や家族との殺し合いなんてもってのほか」
それがゲーム内のカティーナにとっての宿命であり運命。
でもそれを変えることが出来ることをナオは知っている。その為の道筋はまだ分からないが、その運命を変えることが出来るのだけは知っている。
だからカティーナを裏ボスなどには絶対させない。
「お嬢様を【魔王】になんてさせるもんですか」
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